『ファーストキス』


なんとなく、女の子が苦手なのかと思っていた。
なんとなくだけど。

女の子はヒル魔が苦手だろう。挙動が乱暴だし、口も悪いし、傷つくような言葉も平気で言う。それに、泥門の女生徒は、そもそも最初からヒル魔に近寄らない。
そして、ヒル魔のほうから女生徒に近寄ることもない。
まったく接触しないのは不可能だから、必要最低限の会話を交わすのみ。必然的に、言葉はおそろしく事務的に。表情は無表情に。向けられる視線は冷たいを通り越して無機物を見るように。

だから、鈴音と会話するヒル魔を見て、まもりは「あれ」と思ったのだ。
ヒル魔が笑っている。話している内容がアメフトのことだから、かも知れないけれど。
鈴音も笑っている。鈴音はヒル魔の本性を知らないから、かも知れないけれど。

数ヶ月前の自分とヒル魔を思い出す。
露骨にうっとうしげな表情。攻撃的な視線。そして、喧嘩腰の言葉。
なんだ。
あれは、自分に対してだけだったのか。

そうだったのか……。

「ヒル魔くん」
「あ?」
パソコンのキーを叩きながらの返事。
それでも、以前はふつうに返事があること自体が嬉しかった。でも今は、鈴音に対してもこうだと分かってしまったから。
「鈴音ちゃんて、可愛いよね」
ちら、と視線が飛んでくる。
「……まあ、そうかもな」
あたりさわりのない返答。けれど、肯定。
「明るくて、元気で。お兄さん思いだし、みんなとすぐ打ち解けてるし。一生懸命だし」
「で、ナニが言いてーんだ、テメーは」
「盛り上げ隊長にはぴったりよね」
ああ、とヒル魔は唸る。
「本当なら部外者立ち入り禁止だが。こっちの味方として働くんなら、居てもいい」
「居てもいいって……ヒル魔くんが任命したんでしょ」
「最初っから入り浸ってるじゃねーか。遊んでるだけなら、邪魔だ」
「あ……そう」
「……」
「応援グッズ作る時」
「あ?」
「ずいぶん念入りに打ち合わせしてたよね」
「あいつにはアイデアは出せても形にはできないからな。業者の手配させたり見積り出せつってもムリだろ。取材の申込みも、あいつじゃ……てか、テメー今日なんかおかしーぞ。酔ってるのか?」
ヒル魔が手を止めてまもりの目を覗き込む。
いつもより、少し近い位置。
これは、わたしだから? それとも鈴音ちゃんにも同じようにする?
ヒル魔が鈴音をなんとも思っていないことなど、分かっている。鈴音もヒル魔のことを、兄の先輩としか見ていないことも、わかっている。
だからこそ余計に、知りたい。

わたしは……? やっぱりなんとも思ってない?

ヒル魔の目を見つめ返す。黙ったまま。
切れ長の、虹彩の小さな瞳。
それが、いつのまにかすぐ近くにせまって……と思う間もなく、唇が、触れた。
それに気付くまでに、少々時間がかかる。す、とヒル魔の顔が遠のいていく。
そしてまもりは。
「……?!」
ただ、目を丸くしてぽかんと口をあけた。
今……今、キス、したよね?
「アホづら」
辛辣なひとこと。
「だだ…だって……」
「誘っといてそれはねーだろ」
さらり、と放たれた言葉に、血が逆流する。
「誘ってなんか!」
「いただろ。あんな眼で俺を見といて、誘ってないとは言わせねー」
誘った、というのは腑に落ちないが、自分が一心不乱にヒル魔を見つめていたのは事実だ。
「……じゃあ……」
まもりはややふてくされて口を開く。
「ヒル魔くんは、女の人にみつめられたらキスしちゃうの?」
「ひとを変態みたいに言うな」
「だって」
「したいと思った相手にしかしねーよ」
それって……。
ヒル魔はふたたびパソコンに向かっている。
いまごろ胸がドキドキしてくる。
ヒル魔は視線はディスプレイに向けたまま、わざとらしくため息をつく。
「なに考えてんだかしらねーが。見当違いもいいとこだ」
「……あの……」
「たく。ほんとにメンドクセー女。うるせーし、言う事きかねーし。賢いかと思えば馬鹿だし。おまけに欲張りだ」
ちょっと……。
「最後のほうが納得できないんですけど?」
ヒル魔はそれには答えず。
「いいか、それはな。『ヤキモチ』って言うんだぞ」
沈黙。
「……わ、わたしが? 鈴音ちゃんに?」
「違う、俺に、だ」
「え……え?」
ほらな、とヒル魔はつぶやく。
「だから馬鹿だってんだ。ヤキモチ焼く相手ぐらい間違えんなよ」
「どうしてわたしがヒル魔くんに? だって……」
「つまり、だ。お前は、鈴音に対して、『わたしのヒル魔くんに何するのよ』って思うか?」
ナニソレ……。
ヒル魔の言葉にいろいろひっかかりは覚えるものの、まもりは首を横に振る。
「だろ? じゃ、俺に対して『鈴音ちゃんに、そんなカオしないで』って思うか?」
まもりは答えない。
正確には、答えられなかった。
あまりに恥ずかしくて。顔を赤くして俯くことしかできない。
そうか。自分の気持ちを言葉にすると、そうなるのか……。
「それで、欲張りってのはな」
ヒル魔はため息混じりに続ける。
「キスまでしてやったのに、それでも満足しないで、さらに俺にこれを説明させてるってとこだ」
まったくもって、おっしゃるとおりです。
まもりは赤面したまま、深深と頭を下げた。
納得したのと、手間をかけさせてしまったのと、照れ隠しと……それから、こっそりと、謝罪の意味をこめて。

ごめんなさい。でも、ヤキモチも欲張りもやめられそうにないデス。だから、ごめんなさい。


え〜。タイトルがあんまりにも「まんま」なので、もうちょっとひねろうかどうしようか迷ったのですが、しかしこのタイトル、他に使う機会もなさそうなので使いマス。

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