『Cherries』
本来必要ではない、小さな突起。
しかし、繰り返される行為の中で、刺激を受けているうちに反応することを覚えた。
つまむことさえできないそれが、愛撫されているうちに隆起してくる。固くとがり、より敏感になったものを強い調子でこすられると、電流のようなものが走り抜ける。
声をあげてしまうほどではないが、それは確かに快感と呼ぶもの。
その日も、ムサシはかすかに色づくヒル魔の胸の飾りを、何が面白いのか、太い指先でこねるようにしてもてあそんでいた。
だが、今日は行為に及んだ場所がよくなかった。武蔵工務店の事務所。
事務所の外から、ブレーキの音と、車のドアがいくつも開閉する音が聞こえてきた。どやどやと大勢の足音が近づいてくるのに内心慌てながら、ヒル魔はすばやく身体を起こすと、傍らに脱ぎ捨てた麻のシャツを手早く身につけた。
ムサシはヒル魔が陰になるように、立ち位置を変える。
そこへ、武蔵工務店の従業員らがアルミサッシの引き戸を開けてなにやら笑いあいながら入ってきた。
それから事務所にいるムサシを見て、おっ、と眉をあげる。
「おう、お帰り。今日は学校早かったのか」
ムサシもヒル魔も制服ではない。
「ああ、おっさん達も今日は早いな」
ムサシが応える。ムサシの予想では、彼らが戻ってくるのはもう少し後だったのだ。
「ああ、雨降ってきちまってなぁ」
ムサシの後ろでパイプ椅子に座り、つまらなそうに頬杖をついているヒル魔を見つける。
「お友達は大丈夫かい? 傘持ってるか?」
ヒル魔が何か答えるより早く、ムサシが口を開いた。
「ああ、後で俺の傘貸してやるから」
そうかそうか、と従業員らは笑って頷いている。
あるものは椅子に座り、あるものはお茶をいれ、あるものは事務所にあるTVのチャンネルを変えている。
「ヒル魔、俺の部屋へ行こう」
ムサシが振り返って言うのに、ヒル魔も異存はなかった。こんな中途半端な状態では帰るに帰れない。
ここでゆっくりしていけ、というオヤジ達にムサシが愛想笑いをしながら首を振っている。
ヒル魔は仏頂面のまま、勢いよく椅子から立ち上がった。その拍子に、ゴワゴワした生地のシャツと、胸の突起がこすれる。最も敏感な先端を刺激され、それが甘いしびれとなって身体の中に響いた。
あ……。
うつむいて、とろり、と半分まぶたを閉じたヒル魔に気づいたムサシが
「どうした」
と小さく声をかけてきた。
「なんでもねーよ」
低い声で応える。
道路に面した事務所のつきあたり、一番奥にあるドアは、せまい土間をはさんで武蔵家に通じている。
事務所に通じるドアを閉じ、小さな敷石の上で靴を脱ぎ、古い板張りの廊下に上がる。ムサシの部屋は2階だった。
そこでムサシが振り返る。
「すまん、ヒル魔。ちょっとだけ待っててくれ」
階段に足をかけながらそう言った。
「別にかまわねぇだろ。女連れ込むんじゃあるまいし」
いささか呆れる。一体、ヒル魔に見せたくないようなナニがあるというのか。
普段ならムサシがどれほど嫌がろうと面白がって後にくっついていくヒル魔だが、この時はやはり普通ではなかった。
身体のうずきをムサシに悟られたくなくて、ベッドインを急いでいるように思われたくなかったのだ。
とりあえずその場で足をとめたヒル魔にムサシはもう一度笑いかけると、足早に2階へ上がっていった。
ヒル魔は狭い廊下の壁にもたれて、ため息をつく。
立ち上がった胸の飾りが、じんじんとしびれている。鞄を持ち上げたり下ろしたりするたびに布地とこすれて、刺激が送られてくるのだ。
着てくる服の選択を間違えたとしか言いようがない。気分を変えようと背筋を伸ばした拍子にまた布がひっぱられ、余計に刺激してしまった。
いまいましくなって、シャツの裾を引っ張る。ふと視線を落とすと、布越しにも、そこが勃起しているのがはっきりと見えた。
「……」
最初からこんなだったろうか? それとも行為を重ねるうちに大きくなっているのだろうか。
ツン、と布を押し上げて存在を主張しているそこに、そっと指を伸ばす。
形をなぞるように指先をぐるりと動かした。布の上から先端をこすってみる。
ん……。
気持ちいい。
ムサシの手で、より敏感に作り変えられていく身体。
いつの間にかヒル魔は自らの手で、両方の飾りをもてあそんでいた。
わずかに顔をあおのかせ、目を閉じて。やや開いた唇から、甘い吐息が漏れる。
その時、バタバタ、とせわしない足音が響いて、ムサシが姿をあらわした。
「いや、すまんすまん、待たせた……な」
思いがけず行為に没頭していたヒル魔は、あわてて両手を下ろして身体をこわばらせていた。肩からすべり落ちた鞄が、どさっ、と音を立てる。
見られてはいないと思うのに、顔が赤らむのをとめられなかった。
ムサシは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、次に、にやりと口角を上げて近づいてくる。
「ヒル魔……おまえ、今ナニしてた?」
「……っ、るせーな。なんもしてねぇよ!」
赤い顔のまま反論するが、説得力がないのはヒル魔自身も承知している。
手首をつかまれ、ぐい、と引き寄せられる。
「この手で、いたずらしてたんじゃないのか? たとえば……ココとか」
そう言いながら、平らな胸に掌をあてられた。
驚いたせいで激しくなってしまった動悸がそのまま伝わったに違いない。
ヒル魔は言葉も無く、生唾を呑み込む。
ムサシの掌がゆっくりと動いてシャツの上を滑る。隆起した突起がひっかかり、
「……っ」
その刺激にヒル魔は小さく息をつめた。
「そんなに我慢できなかったのか?」
からかうように耳元でささやかれて、ヒル魔は大きく首を左右に振る。
見られてはいない。そのはずだ。けれど、自身の反応は隠しようもなく。
ムサシはヒル魔の両足の間に、脚を入れてきた。
鍛え上げられ、はりつめた太ももが、ぐっ、と下腹に押し付けられる。
「……こっちも、もうタッてるな」
そのまま太ももで局部を乱暴にこすられる。ヒル魔は腰をひくこともかなわず、さらにふくらみを大きくする。
「……。テメ……だって……そうだろが」
相手の股間が見えているわけではないが、きっとそうだろう。
ムサシは笑みを深くする。
「そうだな。このままここでやっちまいたいぐらいだ」
ヒル魔は目を見開く。
「冗談だろ? こんなトコで……」
すぐ側に、事務所に通じる扉。その向こうから、内容までは聞き取れないが、男たちの話し声が聞こえてくる。鍵がかかっているわけでもない。誰かが母屋に用事ができれば、すぐにでも扉は開く。
くく、と喉の奥で笑われる。
「で、こんなトコで、お前はなにをしてたんだ?」
ヒル魔は唇を噛んで俯く。こういう行為のとき、ムサシは時々意地が悪い。ヒル魔が言葉につまったり、困ったりする様子を見るのが楽しいだけだとわかってはいるが。
ぐいぐいと太ももで押されて、あ、という形に口が開いた。ざらついた布ごしに、胸の飾りも刺激される。一方の愛撫が他方を高めて、相乗的に欲求をあおっていく。
せつなげに眉根を寄せて、みじろぐ。
「ムサシ……」
「ん?」
「ここじゃ、イヤだ」
そう囁いた言葉は、十分に睦言だった。
ムサシの部屋にあがると、布団が敷いてあった。
「てめぇ、もしかしてこれ敷くために?」
ムサシはTシャツを脱ぎながら頷く。
「畳の上じゃイテーだろ。でもお前、そんなのはいい、って言いそうだしよ」
ヒル魔が再び布団へ視線を落とすと、横からひっぱられた。布団の上に立ったまま抱き合い、舌をからめあう。口付けながら、ムサシはヒル魔の服をはいでいく。
薄く色づいた突起に、音をたてて吸い付いた。
「……なあ、ヒル魔。さっきも思ってたんだけどよ。お前のココ、なんか前より大きくなってねぇか?」
「……こんな状況だからだろ」
「ああそうか。そうだな」
ムサシはあっさりと頷いて愛撫を再開する。
けれど。そこが以前よりずっと敏感になっていることはヒル魔自身が一番よくわかっていた。
摘み上げられ、乳頭を指の腹ではじくようにこすられる。背中がしなり、腰がくだけた。ムサシがすばやく抱きとめると、そのまま布団に横たえた。
体格の差はあるが、そっくり同じ構造の身体が、上下に並んでいる。平らな胸。下腹部でそそり立つ器官。それでも。いや、それなのに。
受け入れるために、変わっていく身体。
鼻の奥に、ツンとしたものを感じる。
哀しいのか、嬉しいのか。
両方の目を閉じて、わざとかすれた喘ぎ声をあげた。
暗闇の中、よりはっきりと送り込まれる感覚は、確かに快感と呼ぶもの。
軽く歯を立てられて、身体が跳ねた。強弱をつけたその為し様は、以前よりはるかに手馴れている。裾野から先端へはき上げられるように刺激される。小さすぎるそこは、そんなことは以前は出来なかった。
「……ん、ふ……っ」
喘ぎはいつの間にか本物になり、男の頭を抱え込む腕に力が入る。
大きく腰を揺らした拍子に、湿った音を立てて互いのそれがぶつかった。
「あっ」
痙攣が走る。下腹に濡れた感触が広がった。
「あ〜あ、いっちまったな……」
白い腹に散ったぬめりを帯びた液体を、ムサシの指先がすくい、色づいて膨れた己の胸飾りへ塗りつけるのを、ヒル魔は震える息を吐いて、ただ見ていた。
気持ちいい、と、頭の片隅で思いながら。
了
微妙……。