王城戦の分析を終えて。
ビデオは自分が戻しておく、と栗田を先に帰らせる。
もともと天気が悪いため、教室の中はいつもにも増して暗い。
教室の電灯をつけていないので、TVが放つ明かりだけが、室内の唯一の光源だった。
ヒル魔はのろのろとTVに近づくと、側面にかかれているはずの文字を、指先でそっとなぞる。
ビデオをセットしているとき、ものいいたげな栗田の視線を感じた。気づいてはいたが、無視した。
過去と未来。両方見ろといっても、栗田にはムリだろう。だから、どちらかひとつだけ。となれば、迷うまでも無い。
セナは、これを見ただろうか。だから、あんなにも頑張っているのだろうか。セナが背負う必要など、どこにもない。余計な気を回さなければよいが。
消しておけばよかった、とちらと思う。正直、さほど気にしていなかったのだ。こんな落書きのひとつぐらい。
けれど、今になってみると、これのせいであれこれ詮索されるのも面倒だ。
誰が、書こうと言い出したのか。書かれた文字は、自分の筆跡だが。
栗田だったか、自分だったか……。ムサシではないだろう。性格からいって。
ヒル魔の記憶力なら、その当時を思い起こす事など、さほど難しいことではない。そのはずだが、ぼんやりと霞がかかったように、集中するのを妨げているなにかがある。
手を伸ばして、TVの電源をおとす。ぷつり、と小さな音がして、静寂と暗闇に包まれる。
ヒル魔はそのTVの上につっぷした。
聞こえてくるのは、絶え間なく続く雨音。
その向こうに、工事の音を探す。
まだ、帰ってはいないはずだ。帰るときは、ひとこと言うように言ってある。
たとえ、ムサシが泥門に戻ってくるにしても、こないにしても、1年の教室にあるTVの落書きに気づく可能性は、ほとんどない。
消してしまおうか。
そう思いながらも、身体は動かない。
本当に、気にしていなかったと言えるのか……? あのキックティーだって、返しそびれたフリをして、仕舞ってあるというのに。
ああ、やはり。
これを書こうと言い出したのは、自分だったのだろう。自分の発想だというのが、一番しっくりくる。なぜなら。
これは、誓約書だから。
こんな落書きひとつ。栗田もムサシもそのつもりはなかっただろう。自分だって、そのつもりはなかった。けれど、今にして思えば。
こんな落書きひとつ。こんなものでムサシをしばれはしないのに。
それでも消してしまえないのは。思い出のためなどではない。断じて、ない。そう……今の、自分のため。
同じ校内のはずなのに、雨音のせいで、工事の音が聞こえない。
呼んだのは自分。
側にいてくれればいいなどとは思わない。一緒にボールを追ってくれなければ。そのつもりで、呼び寄せた。そのための、工事発注。すべて秋のための、布石。
それでも、視界に入るだけで満足してしまいそうな自分が居る。すぐそばにあの男の低い声をきいて、笑みを浮かべてしまう自分が居る。
携帯の呼び出し音が、静寂を破った。
光るディスプレイに浮かぶ、ムサシの文字。
「……おう」
『ヒル魔、オマエ今、どこだ』
「家」
『そうか。じゃあ、鍵は俺が預かっておく。一段落ついたから、そろそろあがろうと思ってな』
「ああ、ごくろうさん」
『ヒル魔』
「あ?」
『どうかしたか?』
「……なんで」
少しの間、携帯が沈黙する。切れてはいない。
『声が、な』
「気のせいだ」
『そうか……』
ヒル魔は自分から通話を切った。掛けなおしてはこないだろう。
これで、いい。
懐かしい声に、変わらない口調に、つい見失いそうになるが。
同じ校内にいるはずなのに、地球の裏側にいるような男を想って、ヒル魔は息をつく。
頭にタオルを巻いた姿ではなく。ぬかるんだフィールドで、それでも力強くキックを振りぬいた、背番号11を。



短い……。なぜヒル魔さんが、あの落書きをそのままにしておいたか? というオハナシ。
単に気にしてないだけ、という感じもしますがね。
しかし、わたしのムサヒルって、おんなじコトをぐちゃぐちゃ繰り返し書いているだけのような……(汗)自己嫌悪……。
だって切ない系が好きなんだもん!(逆ギレ……?)

このTVネタで栗田さん視点のSSを一本書き上げてあって、本当はそれがメインなんですが。。。あまりにカラーが違うので別にしました。同じ話にまとまらなかった……(;)

ムサヒルssへ