『たかが夢、されど夢』


「ひさしぶりに会ったせいか。夕べお前の夢を見た」
工具箱を車から降ろしながら、ムサシは背中越しにそんな言葉を投げかけてきた。
「ふぅん」
ほかにあいづちのうちようもなく、ヒル魔はできるだけ興味なさげに鼻で応える。
どんな夢か、などとたずねる気はなかった。
それでなくとも、自分の気持ちをもてあまし気味なのだ。
ムサシのちょっとしたしぐさとか、もともと乏しい表情とか、言葉のニュアンスとか、そんなことへ否応なく意識をとらわれてしまう。
ひさしぶりの再開は、数日前。
武蔵工務店まで、工事の依頼と青図を見せに足を運んだ。それからあとは、電話でのやりとり。それも、かなり事務的な内容で、昔のことは一切話題にのぼらなかった。
正確には、ヒル魔がのぼらせなかった。
1年前。すでに二人の関係は友人と呼べる範疇を越えていた。
それでも、ムサシは出て行ったし、ヒル魔はとめなかった。
それからはムサシのことは一旦忘れて過ごした。ある程度は成功した。思い切りもついた。
はずだ。
けれど、今年セナが入部して、にわかに夢が現実味を帯びはじめると、キッカーの必要性というごくごくまっとうな理由とともに、ムサシのことを思い出した。
キッカーが必要だ。優秀なキッカーが。今すぐでなくてもいい。秋に間に合えば。
ヒル魔が知る限り、それはムサシ以外にいなかった。
だから、電話した。それだけのこと。
なのに……受話器の向こうから聞こえるしゃがれぎみの渋い声に、さざなみのように湧き上がる感情。
それが未練なのか、なんなのか。見極める前に、感傷だとヒル魔は切り捨てた。
「お前、あんまり変わんねーな」
気付くと、ムサシが背を向けたまま、そう言っていた。
「……てめーもな。相変わらず糞ジジイだ」
チガウ。
ムサシは随分面変わりした。
眉間の皺は深くなり、顔つきはさらにゴツくなり。なにより、再開して初めて見たその眼差しが、離れる前とは別人のように落ち着いて……否、沈んで……いるのを。
けれど、今。
そうか? と振り返ったムサシの目に宿るのは、1年前と同じ光。ヒル魔に向ける眼差しの中、確かに共にフィールドにいたときと。
ムサシ……お前、夕べ、どんな夢を見たって?
この間会った時は、その目の色さえ、ずいぶん老け込んでいたのに。
今は、17という年齢にふさわしい目をしている。
「きっと、お前の夢なんか見たせいだな」
ムサシは、ヒル魔が内心避けていた言葉を、さらりと言う。
「……オイ。そりゃ、どういうイミだ」
話題を変えたいと思いながも、ヒル魔は問う。
「まんまだろ。お前には苦労させられたからな、老けちまったんだよ」
そう言ってやや皮肉っぽい笑みを向けてくる。けして本気で言っているわけではない。わかっている。冗談だ。
「ハ。言うじゃねぇか」
受け流せ。いつものように。
「テメー、俺の夢って、もしかしてヘンな夢じゃねぇだろうな」
チガウ。
ヒル魔には、わかっている。
だが、まだ今は早いのだ。秋に間に合えばそれでいい。今は……。
「あ? ああ。……ヘンではなかった、な」
もういい。それ以上言うな、ムサシ。
ヒル魔には、ムサシが夕べ見たであろう夢の見当がついている。
けれど、今はまだ、早い。徐々に……徐々に。そのつもりで呼んだのだ。
「なんだよ、今の間は」
夢なんかで俺のプランを台無しにするな。内心で叫ぶ。
けれど。会話は止まらない。
「いや、なにしろ、手しか……」
「手?」
やめろ、聞くな。
「お前の手しか出てこなかったからなぁ」
「なんでそれで俺の手だって分かるんだ」
ヤメロ。
「そりゃあ」
ムサシは苦笑する。
「あれだけ細くて長い指が、ボールをティーに……?!」
ムサシに最後まで言わせず、ヒル魔はムサシの頭に腕を回して引き寄せた。
そのまま口付ける。
薄く開いた瞳に、ムサシが目を白黒させているのが映る。
「ぷは」
長い間唇を押し付けてから、ヒル魔はムサシを解放した。
「いきなりナニするんだ、お前は」
眉根を寄せてムサシが言う。二人がいるのは校門前。誰に見られてもおかしくない。
「サービスしたんだぜ? これで今夜もイイ夢見られそうだろ?」
ニヤニヤと口角を上げるヒル魔を、ムサシは苦い顔でにらむ。
「馬鹿。……ったく。ホントに見ちまったらどうするんだ」
「知るかよ。せいぜい虚しい行為に励むんだな」
そう言い捨てて、ヒル魔はムサシに背を向けた。

お前は夢なんか見なくていい。お膳立ては全部俺がやる。だから、お前はお前のまま、今は大工の仕事をすればいい。
どうせ、棟梁も退院できないのだから。棟梁不在の工務店と、キッカーとしての練習を両立できるほど器用な男でないのは知っている。今思い出せば、苦しむだけだ。
ヒル魔は無意識のうちに眉根を寄せる。
「ああ、あの糞馬鹿。俺がひきずられてどーすんだよ……」
充分にムサシから離れてから、ヒル魔は小さく毒づく。
必死で押さえようとすればするほど、想いは湧き上がる。
嬉しい、と。


16歳の瞳をしたムサシ……書いてて笑った。このフレーズ出した時点で失敗だったな。歳相応に書くとシリアスにならないよムサシさん(笑)

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