『no title』


「なあ、ヒル魔」
俺とあいつとの会話は大体このパターンで始まる。
口先王と呼ばれているわりには、あいつはムダ口を叩かないし、イメージとは裏腹に、実は結構口より目でものを言うタイプだったりする。
とはいえ、いざ口を開けばこちらの10倍ぐらいは最低でも返ってくるのだが。
「んあ…」
すぐ隣に横たわる白い背中のむこうから、いくぶん、くぐもった返事。
「もう、やめにしないか、こういうの」
珍しくすぐには返答がなかった。
そのかわり、ヒル魔はくるりと体の向きをかえて、こちらの顔を見る。
横顔に、ヒル魔の視線を感じる。視線だけむければ、頭の下に腕を敷いて、口元にかすかな笑みを浮かべた顔。くずれた金髪が額にかかっている。
「……こういう、って?」
わかっているだろうに、わざわざこういう問いかけをする。
「セフレ」
言葉をとりつくろう気力もなくて、俺は端的に応える。
俺が泥門高校を辞めてしばらくした頃。ふらりと突然ヒル魔はあらわれた。いつもより少し大人しめのその様子に追い返す気にもなれず部屋にあげ、そのまま行為に及んだ。
以来、毎月、多いときは毎週、ヒル魔は週末になると俺の部屋を訪れる。訪れれば、ほかにすることもないので、なし崩し的にセックスがはじまる。
きっかけらしいきっかけもなく始まったそれは、やめるきっかけがつかめないまま続いている。
それがいいことだとは俺には思えない。ヒル魔もきっと思っていないと思うのだが、自信はない。
「ふぅーん」
くく、と含み笑い。ヒル魔は仰向けになる。
「セフレ、ねぇ……。泥門高校からここまでどれぐらい時間がかかるか、知ってるか?」
もちろん、知っている。かつての通学路なのだから。
「んじゃ、俺んちからテメーんちまでどれぐらいかかるかは?」
それも、もちろん知っている。以前、なんどか行き来した。
「近いか?」
……近く、はないだろう。もちろん遠距離ではないが、普通なら車を使う距離だろう。
「で、その近くもない距離を、この俺がテメーの体目当てにせっせと毎週通ってるわけだ」
「……」
ヒル魔のふくみ笑いが、哄笑に変わる。
「テメー、うぬぼれもたいがいにしろよな。はっきり言って、テメーそんなに上手かねぇぞ」
毎回ちゃんとイカせてやってるじゃないか、とか、いつも誘ってくるじゃないか、という台詞は、何か違う、という気持ちにまぎれて口を出なかった。
俺が黙っていると、ヒル魔はまた体の向きをかえて、今度は俺におおいかぶさってくる。
「……ま、この体も好きだけどな」
わずかに、「も」が強調されていたのは気のせいではないだろう。
ヒル魔はその言葉を補足するように、俺の胸のあたりを細い指でたどり、顎に口付ける。
「テメーは?」
ヒル魔は身体を起こして、俺の目をのぞきこんでくる。
「あ?」
「テメーは、俺が来なくなったらどうセイヨクショリするんだ?」
ヒル魔の口元は、たしかに笑っている。だが……。
「自分で、なんとかするさ」
言い終わる前に、ウソつけ、と返ってきた。
「厳ちゃんは随分もててるみてぇじゃねーか。特に飲み屋のおねぇちゃんとか」
この間工事の打ち上げにつれていかれたバーだかキャバレーだかのことか。
「お前……」
その言葉を続ける前に、どさ、とヒル魔の体が落っこちてきた。別に重くはない。多少暖かいだけだ。
「わざわざ調べたわけじゃねぇよ。別に聞きたくもねえ。でも、聞こえてくるんだよ、俺の耳には」
うつむいているせいか、いつもより歯切れがわるく聞こえるヒル魔の声。
頭を傾けると、至近距離に、わずかに光るふたつのピアス。
「テメーは、俺が来なくなったら女のところへ行くのか」
普通は聞かないだろうことを、あえて聞いてくるのがヒル魔だよな、と思う。でも、その声が震えているように聞こえる。これは、きっと気のせいだ。
「……セックスしにか? 行かねぇよ」
「なんで」
「なんで、って……。……抱きたいのは、お前だけだし」
言ってしまってから、あーあ、と思う。自分で仕掛けておいて自分でぶちこわしていれば世話はない。
ヒル魔はなにも応えない。
「……なあ、ヒル魔」
「……ああ?」
「俺達、恋人なのか?」
すぐには返答がなかった。
「……セフレだろ」
しばらくして可愛くない答えが返ってきた。
俺はため息をついて、素直じゃない恋人を抱きしめた。


え〜……と。ナニが書きたかったんだろう……あ、そうそう。そんなに上手かねぇぞ、あたりです。

Back