『even』


西部戦の興奮も冷め遣らぬころ。
「ちょっと、キミ」
球場の警備員がムサシを手招きした。
「はい」
応えて、歩み寄る。
背後でヒル魔が小さく舌打ちする。
駐車場の警備からの連絡なんだけどね、と切り出すのを聞いて、しまった、と思った。
「あのトラックをキミが運転してたって聞いたんだけど」
と、今は栗田に無残な姿にされた軽トラを指差す。
ムサシはわざとゆっくりと視線を目の前の警備員と軽トラに往復させる。
「本当のところは、どうなのかな?」
明らかな質問の形に答えないわけにもいかない。
ムサシは何度か口ごもった後、
「……ええ、と……」と歯切れ悪く、声を搾り出した。
頭に血が上っていて考える余裕も無く、駐車場を強行突破してきたのだから、目立たないはずはない。
どこまでシラを切るべきか。無免許運転などとなったら、出場停止もありうる。
同乗者がいたという嘘が通じるか、否か。監視カメラにでも写っていたらアウトだ。心証も最悪だろう。
……どうする。
それとも……後ろから聞こえる、携帯を操っているらしい電子音に全てを託すべきか?
ムサシが視線をさまよわせ、あの……、と言いかけると同時に、近くで呼び出し音が鳴った。
警備員が、ちょっと待って、と手で合図して、胸ポケットから携帯を引っ張り出す。
「はい。はい、そうです。……え?! いや、そんな……! しかし……はい。はい……」
ムサシから数歩離れたところで会話をしていた警備員が、ムサシにちらりと険しい視線を向ける。
あぁ、やってくれたな。
ヒル魔が……おそらくそしらぬ顔で……パチン、と携帯を折りたたむ音が聞こえた。
通話を終えた警備員は、不服そうな表情を隠そうともしていなかったが。
「以後気をつけるように!」
何を、とも言わず、それだけ告げて立ち去った。
どこかから圧力がかかったらしい事は容易に想像がつく。その発信元は、今後ろに立っている男だ。
ムサシは背後に向けて、「すまん」と声をかけた。
と、いきなり。
「い……っ?!」
髪の毛を引っ張られた。
「ナニすんだ、ヒル魔!」
向き直ると、ヒル魔はしげしげとムサシの顔をのぞきこんでくる。
「テメー、こんなに髪長かったか?」
「……」
「まさか色気づいたワケでもねぇんだろ? 糞ジジイ」
「な……なんとなく、だ」
実は、デビルバッツの勝利を願っての願掛けだったりする。
春の工事の後ぐらいから、伸ばし始めたのだ。
けれど、あまりに女々しいような、未練がましいような気もするので、それを言うのはためらわれる。大体、願掛けというガラか、と自分でも思う。
それに、ヒル魔なら間違いなくこんな迷信は一蹴するだろう。だから、言いたくない。
ヒル魔はそれを知ってか知らずか。
似合わねぇよ、テメー。
などと呟きながら髪をもてあそんでいる。
その日はなんとかヒル魔を振り切ったのだが。
どうもムサシの長髪が気になるらしいヒル魔は、それからも度々なんで切らないんだ、と尋ねてきた。
ムサシはそのたびに適当に言を左右にしてごまかしていたのだが。
そこは、元々異様にカンの良いヒル魔のこと。
やがて本当のところに気づいたらしい。
それからは、さらに「なんで?」攻撃がエスカレートした。

「なあ、なんで髪切らねぇんだ? テメー前に長い髪はうっとうしい、って言ってたじゃねぇか」
分かっているだろうに、ヒル魔は何気ないフリを装って聞いてくる。
完璧な演技もできるくせに、無邪気に見せながらも口角は上がり気味だ。
「そんなこと言ったか?」
「言った言った。それにテメー、しょっちゅう、うっとーしそうにしてんじゃねぇか。なのになんで切らねぇんだ?」
ヒル魔はしつこい。しかも天邪鬼だ。本当にヒル魔の言葉どおり短髪にしたら、それはそれでへそを曲げるのは分かっている。せっかくの願掛けなのになんで切るのか、と。どうせ一ミリも信じてはいないくせに。
その天邪鬼さ加減を可愛いと思う事もあるが、正直今はうざい。
だが、ムサシも伊達に付き合いが長いわけではない。
「そうか、うっとうしそうにしてるか」
にやり、と笑ってやれば、即座に警戒したヒル魔が黙り込む。
「お前、よく俺の事見てるんだな。釘付けか? そんなに俺が好きか」
笑いながら畳み掛けてやれば、ヒル魔は、ケッ、と吐き捨ててそっぽを向いた。
否定しないあたりがまた可愛くてからかってやりたくなるが。
当初の目的どおりヒル魔を黙らせる事には成功したので、止めておいた。

しかしそれから更に約1ヶ月。
さすがにうっとうしさが願掛けを上回ってきた。
風呂上りに長髪の自分を見ると、三流のプロレスラーか、一昔前のアニメキャラのようだ、と思ってしまう。
「……なあ、ヒル魔」
せわしなくキーボードを叩く男に、そう呼びかける。
「んぁ?」
飽きたのか、それとも見慣れたのか、最近ではヒル魔もムサシの長髪をどうこう言わなくなった。
「髪、切ろうかと思うんだけどよ」
「ああ……いいんじゃねーの?」
案の定、あっさりとした答えが返ってくる。それがちょっとばかり面白くなくて、
「……お前と栗田は変わりばえしねぇよな」
という台詞が口をついて出た。
ヒル魔が、ふっ、と顔を上げた。
怒らせたか?
ヒル魔は口角を吊り上げているが、だからといって怒っていないとは限らない。
「そーだ、テメーの新しい髪形思いついた」
「……いい。中学んトキみてぇにするから」
ムサシがそういい終わる前に。
「ぁあ?!」
とさえぎられた。
「ナニ寝ぼけたことほざいてんだ、この糞ジジィ。中坊んときでさえあんだけ老けヅラだったのに、今同じ髪型してみろ、高校生に混じったただの変質者だ!」
「……」
やっぱり怒っている。
「だ・か・ら。俺にまかせろ。今より若返らせてやっから」
ケケケ、という笑い声。
もうこうなったら、言うとおりにするしかない。
ムサシがしぶしぶ頷くと、ヒル魔はパッと顔を輝かせて携帯を取り出し、猛烈な勢いでメールを打ち始めた。
それが済むと、手近な用紙にさらさらとなにやら書き付けてよこす。
地図と、どうやら店の名前。
「駅前の美容院だ。テメー今から行ってこい。練習は休み」
「……美容院なんて言ったことねぇぞ」
いつも近所の床屋だ。
「もう予約は取ってある。どういう髪形にするかは、今、店にメールした」
そこまでお膳立てされたら動くしかあるまい。ムサシは重い腰を上げる。
終わったら見せに戻ってこい、逃げるなよ。
その言葉に漠然と不安を感じながら、部室を後にした。

初めての美容院はなかなか快適だったが、仕上がった自分の頭に呆然とした。
当然、店中の注目を浴びている。
担当美容師は、よくお似合いですよ、とほめてくれたが、ヒル魔の脅しが効いた状態では到底信じることはできない。
勘定をしようとしたら、受け取ってもらえなかったのが何よりの証拠だ。
もと来た道をたどるが、すれ違う人は皆振り返る。
とても目立つのだ、この頭は。
制服と恐ろしく不釣合い、という理由もあるだろう。
まるで羞恥プレイのような状況を経て、部室へたどり着いた。
部室に残っていた部員たちが、一様にぎょっとした顔で振り返る。
「ムサシ、どうしたのその頭?!」と栗田が叫んだ。
それへ、おっかぶせるようにヒル魔の哄笑。
「ムサシくん?!」とまもりも目を丸くし、次に難しい顔で黙り込んだ。校則違反かどうか、図りかねたのだろう。
「ああ……まあ、ちょっとな。関東大会前に、気分を変えようと思ってな……」
仕方なく、くるしまぎれに呟く。
それを信じたらしい何人かが、なるほど、と頷いていた。
ヒル魔が近寄ってきて、しげしげと覗き込んでくる。
「似合ってるぜ、てめー」
「……そうか?」
言いながら視線を左右に流すが、ヒル魔以外は微妙な顔だ。
それは、そうだろう。なにしろ茶髪のモヒカンなのだから。
大工のおっちゃんからのイメチェンにも程がある。
ムサシが渋い顔なのが面白くなかったのか、ヒル魔が腕を引いてきた。
「似合ってるって言ってんだろ、糞ジジィ! テメー鏡見たのか?」
「見た見た」と答えるが、ヒル魔はぐいぐいとロッカールームへムサシを引っ張っていく。
大きな姿見の前。
ほれ! とひっぱられて、ヒル魔と並ぶ。
鏡の中に、ヒル魔の姿と、自分の姿。
「……」
ヒル魔が、どうだ? という表情で振り向いた。
……ああ、なるほど。
ムサシはいつもの癖で、顎をなぜる。
「まぁ、いいんじゃねぇか」
ぼそり、と呟くと、ヒル魔の笑みがさらに広がった。

派手な金髪と、派手なモヒカン。
二人並んで立てば、そう不釣合いでも不自然でもない。

……なら、いいか。


なにか誕生日にUPしたかったので。オメデトウ、ムサシ!

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