『ときどき曇り』


アメフトの強い高校へ進学する、という選択肢は、最初っからヒル魔にはないようだった。
なにかと手を回しやすい、という理由で私立を望んでいたが、それ以上細かい希望はないようで、進学路を決める時期になっても、具体的な学校名はヒル魔の口からは聞かれなかった。

「お前はどうする、栗田?」
ムサシは傍らで熱心にアメフト雑誌を読んでいる巨体に話しかけた。
「? なに、ムサシ」
「高校。どこにする」
栗田は雑誌をぱたん、と置き、あ〜、と間延びした相槌を打った。
「僕の成績だと、私立だと泥門かなぁ。家からも近いし」
栗田の頭にも、公立進学の可能性はないようだった。ムサシは苦笑する。
「歩いていけるものな。……泥門、か……」
ムサシが小さくつぶやくと、栗田が心配そうに覗き込んできた。
「ムサシ、成績はどうだっけ? 一緒に泥門、行けそう?」
思わず笑ってしまう。
「行けるも行けないも。行かなかったら怒り狂うヤツがいるだろ」
栗田も、あはは、と笑う。
「そうだねー。ヒル魔は成績は問題ないし。内申……はなんとかするだろうし」
さらり、と栗田は言うが、それもムサシには頭が痛いことではある。
だがそれよりも深刻なのは。私立へ進学するだけの財力が、ムサシの家にあるかということだった。
ムサシは自分の進路をまだ親に相談していなかった。
ゆくゆく家業をつぐことが決まっているムサシは、せいぜい高校まで行ければいい、と思われている。父親にしてみれば早く手伝って欲しいだろうが、いまどきのご時世、やはり高校ぐらいは出てなくては、という周囲の声ならぬ声があるために、なんとなく進学を認められているにすぎない。
私立泥門高校は進学校だ。大学進学をめざすわけでもないムサシには、無用の高校である。
それが、問題だった。
アメフト部を作りたいから。クリスマスボウルへ行きたいから。
そんな理由はなおさら認められないだろう。
けれど、将来は将来、今は今。ムサシにも、夢はある。3人で誓った夢。性格も家庭環境もばらばらの3人が、ともに見る夢。それが何より、今のムサシには大事だったから。
「栗田……今度、俺の家へ遊びにこねぇか」
ぽつん、といきなりそんなことを言い出したムサシに一瞬栗田は目を丸くしたが、うん、いいね、と頷いた。
「じゃあ今度ヒル魔と一緒に……」
「ヒル魔はいい」
え、と言ったきり、栗田は黙ってしまった。
おろおろと涙目でムサシを見ている。
「誤解すんな。ヒル魔となんかあったワケじゃねぇよ。ただ、あいつは」
そこで言葉を選ぶために一度口を閉ざす。
「あいつは、意外とおせっかいだから……」
栗田も思い当たるフシがあるのか、少し考えて、うん、と頷く。
「家にきたら、たぶん色々気を使うようになる。だから、だ」
説明にもならない台詞。ムサシの口下手は知っているから。栗田はそっと口を開いた。
「ねぇ。僕に、何をさせたいの?」
ムサシの顔に、苦笑が浮かぶ。
「大したことじゃねぇが。お前には、自分の志望校は泥門だ。泥門は、良い学校だって、俺の親の前で力説してほしいんだよ」
見るからに善良で誠実そうな栗田が巨体に力を込めて言えば、泥門はそんなに良い学校なのかと、思ってくれるだろう。
「ムサシ、泥門反対されてるの?」
いや、と首を振る。
「まだ何にも言ってねぇんだが……先にイメージを植えつけておけば、後で説得しやすいだろ」
なるほど、と栗田は頷いた。ムサシ、ヒル魔みたいだね、と嬉しくもない感想がついた。
学費は、いざとなったら奨学金でも申請するしかない。
「でも、だったら僕よりヒル魔のが良くない? きっとヒル魔なら僕よりずっと上手く言ってくれるよ」
ああ、それはわかってる、とムサシは応えた。
「ヒル魔なら、きれいに言いくるめて、ウチの親から確約ぐらい取り付けるかもしれねぇ。けど、それじゃダメだ。言いくるめるんじゃなくて、説得してほしいんだからよ」
栗田はあやふやに頷いたが、ムサシの言いたいことは、理解できたようだった。
「……あいつは、きっと、怒るだろうな」
ムサシが両親を説得するためにヒル魔を頼らなかったことを知ったら。
ムサシが言えば、栗田は、かすかに眉を下げて、しかたないよ、というように微笑った。
……わかってくれ、ヒル魔。俺は、お前が大事だから、頼らねぇんだ。
思い浮かぶヒル魔の鋭角的な横顔に、ムサシは内心で語りかけた。

しかし、このときはまだムサシも知らなかった。
自分の父親が、少しずつ病魔に犯されていることを。


えー……、と。これで実は栗田さんが神龍寺行っちゃってたらどうしよう……。
ムサシ、身勝手な理屈言っちゃってますが、中学生なんで勘弁してください。どうせこのあと痛い目にあうんだしさ。

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