『ふたたび繋がる?』


「よお」
いつも何かをたくらんでいるような独特の笑みを浮かべた懐かしい顔。
久しぶりの再会にムサシは言葉が出なかった。過去が訪れてきたようで。今の自分を一瞬忘れた。
「仕事の依頼だ」
だが、ヒル魔はすぐに用件をきりだした。


「で、仕事ってのは?」
とりあえず事務所へ通し椅子を勧めると、ヒル魔は礼も言わずに腰かけ、高々と長い足を組んだ。
ムサシもヒル魔からは礼など髪の毛の先ほども期待していなかったので、なんとも思わない。
そのままヒル魔がかたわらの鞄を引き寄せるのを見ていた。
ヒル魔は鞄をあさりながら、部室を改装する、と告げた。
「1勝するごとに、部室増築。で、これが図面」
ようやく目当てのものが見つかったようだ。
紙片をムサシへつきつける。
ムサシは黙って受け取り、丸めてあったそれをひろげた。
「お前、これは……」
なんだ、この不自然な間取りは。何するつもりなんだ、コイツ?
「どうだ? ムリか?」
正直、ムサシは図面を見て考え込んでしまった。内装はなんとかなりそうだ。だが。
「室内はともかく、看板がな……」
「ああ。俺もそれは思ったんだがな。お前のほうでツテはねぇのか?」
そう言いながら、ヒル魔はひょいと図面を覗き込む。
急に近くなったヒル魔の顔に驚いて、ムサシは身体をそらした。
ヒル魔はそれには気付かない様子で、図面を視線で追っている。
「……ツテ、か。すぐには思いあたらねぇが、オヤジに聞いてみる」
ムサシが答えると、ヒル魔は顔をあげて、にやり、と笑った。
「じゃ、引き受けるな?」
「お前のことだ。断るなんて思っちゃいないんだろう?」
ムサシは眉をひそめて、ため息をつく。
「たりめーだ」
ヒル魔は笑みを浮かべたまま、答えた。
その視線の強さは、忘れようもない。1年近くも経っているとは思えない。1年もまったく会わずにいられたとは、自分でも。
「お前は……変わらないな」
気がつくと、ヒル魔の目をみながら、そう呟いていた。
「……お前は老けたな、ムサシ」
この口の悪さも相変わらず。
「もともとだろ、それは」
そう答えながら、ムサシはヒル魔の頬に手を伸ばす。
ヒル魔の顔から笑みが消えた。
とたん、ヒル魔は作り物めいて見えた。
金の髪。白い頬。両耳のピアス。きつく弧を描く柳眉。虹彩の小さな瞳。かすかに紅を帯びた薄い唇。とがった頤。きゃしゃな首筋に、薄い肩。開襟シャツからのぞく、綺麗な、鎖骨。
綺麗な……
ムサシはかすかに目を細める。
と、ヒル魔の瞳が揺れた。
「……ヒル魔?」
「……さわるな……」
あまりにはっきりとした拒絶に、ムサシは表情がこわばるのを抑えきれなかった。
ヒル魔は静かにムサシの手を押しのけた。
「その図面は俺が描いたものだ。プロに通用するモノじゃねぇだろ。そっちで適当に書き直してくれ」
ヒル魔は立ち上がりながら、そう言った。
その視線は、すでにドアの方へ。手は、鞄にかかっている。少しでもその足をとめたくて、細い背中へ声をかける。
「……見積りは必要だろ?」
「ああ」
「どこへ連絡すればいい」
「俺の携帯へ」
“俺の携帯へ”そう言うヒル魔の背中がわずかに緊張しているのに、気がついた。
「……わかった」
ムサシが短く答えると、その緊張が解けた。
ヒル魔は鞄を肩にかけて、振り返る。浮かんでいるのはいつもの笑み。
「じゃ、ヨロシクな、若頭」
ムサシはたくましい肩をすくめる動作でそれに応えた。

もし、お前の携帯番号など忘れてしまったと。
そう言ったなら、ヒル魔はどうしただろう。
しかし、実際ムサシはヒル魔の携帯番号を今でも覚えていたし、嘘をつく気にもなれなかった。
ムサシは口にせずとも、ヒル魔のことはよく見ていた。しかし、口に出さないことで、ヒル魔をたびたび怒らせたこともあった。
いくつもの、言えなかった言葉。そしてそのいくつかはヒル魔には伝わっていると思う。頭のいい、勘のいい男だから。
抜群に頭がきれて、不遜で、自信に満ちていて、いいように相手を翻弄しながら、それでもどこか危うい。
本気で弱音を吐いたことは一度もなかった。本気でムサシや栗田を責めたことも、一度もなかった。だから、いつかキレそうで心配だった。
ほんとうは、傍で支えてやりたかった。
それを口に出したことは、やはり一度も無い。無くてよかったと、今では思う。
責任のとれないことはしたくなかったから。
だが、どれもこれもみな、過去のことだ。
それでも、ヒル魔が差し出した一枚の紙切れを、ムサシはできるだけ丁寧に仕舞った。
かつて、自分のためにボールを置いたそのしなやかな指先を思い出しながら。


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