『パスをこぼすな』
工事が一段落するなり運び込まれてきたスロットマシンや棚、カードテーブル等々……もろもろの『備品』に、さすがのムサシも呆れた。
この工事を受注して初めてヒル魔の言動を目にした工務店の従業員らは言うに及ばずである。
宅配業者に、これはそこ、それはこっち、と指示を飛ばすヒル魔をちらちらと見ている。
ムサシは、手元の工具を箱におさめ、脱いだ軍手をポケットにつっこんだ。
工務店の人間が引き上げ、伝票にサインをもらって宅配業者が出て行ってしまうと、カジノルームと化した部室にはヒル魔とムサシしか残っていなかった。
嬉しそうに透明の包装を外すヒル魔を、しゃがみこんだ姿勢でムサシは黙ってみていた。
なんとなく、である。
ヒル魔はまるで気づかぬ様子で、あいかわらず嬉々として真新しい備品をチェックしている。
スロットを回し、長い指がタンタンと小気味よくボタンを押すと、一発で3つの絵柄が見事に揃った。
『YA―HA―!』というコンピュータ合成の声とともに、金貨が音を立ててなだれでてくる。
「……すげぇな。お前が目がいいのは知っちゃいたが……」
ムサシがそうつぶやくと、ヒル魔は一瞬、きょとんとした顔で振り返り、違う違う、と手を振った。
「当たりが出るようにロムいじってあんだよ。だいたい、こんなスロットマシン市販されてるワケねーだろが」
言われて、しげしげとマシンを見た。
ムサシはいくら親父顔とはいえ、さすがにスロットまではやらないので、普通のマシンがどういうものかよく知らない。だが確かに、デビルバッツのマスコットキャラや、アメフトボールの絵などが描かれていて、なるほど、一般的とは言いがたい。
「……じゃ、これ、どうしたんだ?」
「作らせたんだよ。もう引退したヤツだけどな」
誰に、とは聞かなかった。聞いたところでどうせわからない。
そのかわり、別の質問をする。
「なんで当りやすくしてあるんだ?」
ヒル魔がこれを部費獲得に使うのであろうことは、容易に想像がついた。だから、当たりがたくさん出ては、アメフト部には損である。
すると、宣伝だから、とヒル魔はしれっと答えた。
「新聞部に取材依頼してある。まあ、こんだけド派手なモン作ってりゃ、依頼しなくても取材にくるだろうが」
「派手だって自覚はあったんだな……」
ぼそりとムサシはつぶやくが、ヒル魔は簡単に無視する。
「当たりがたくさん出るって噂のあるパチンコ屋は繁盛してるだろ」
なるほど、とムサシは頷いた。
「で、こっちのルーレットとか……カードはどうするんだ? お前がディーラーか?」
ヒル魔ならできるだろうと思うが、問題は、ヒル魔のディーラーで納得する客がいるかということだ。
当のヒル魔もさして期待していなさそうな表情で、そうなるな、と答えた。
「ルーレットもカードも、ディーラーと……つまり俺と1対1なら、誰も受けねぇよ。ただ、何人か人数が集まりゃあ……赤黒賭けとかは、成り立つだろ」
赤か黒の二択だから、どちらかは必ず当たる。ヒル魔の一人勝ちということはない。
ムサシはもう一度頷くと、さて、と腰を上げた。
「コンセントの位置は大丈夫だな。かなり増やしたから、タコ足にはするなよ」
無駄かもしれないが、一応釘をさす。もっとも、姉崎あたりがうるさく言うだろうからさほど心配はしていない。
案の定、わかってるよ、糞ジジィと返ってきた。
「ムサシ。そっちは、これで全部終わりか?」
「だいたいな。あとは、明日よその現場行く前にちょっと寄って、奥のシートを外すのと、片付けがあるぐらいだ」
部屋の角、天井近くを覆う青いビニールシートをムサシは指差した。
ヒル魔はそれへ軽く頷き、またスロットに向き直る。
ムサシはかすかに笑みを浮かべる。
「……1勝ごとに増築、だったな。今度くるのは、秋か?」
次の工事があったとして、それを武蔵工務店に発注する義務はヒル魔にはない。と、気づいたのは、言ってしまった後だった。
ヒル魔は呆れたような視線を向けてきた。
「んなワケねーだろ。なにより実戦! とっとと部員集めて、練習試合もバカスカやるぞ。すぐ仕事増やしてやるから、スケジュールあけとけ」
「……そうか。わかった」
「それより、覚えてんだろーな」
ヒル魔が片眉を吊り上げてムサシを見ている。不機嫌な表情を装っているが、口の端に笑みが見て取れた。
「なにをだ?」
「もうボケてんのか? 老けるのは顔だけにしとけよ。王城戦、明日放映だ」
「ああ、例のアイシールド21か。う……む」
はっきりしないムサシの返答に、ヒル魔の顔が今度は本気で曇った。だが、黙っている。
こういうとき、ヒル魔は重ねて「見ろ」とは言わない。しかし、今のような反応も珍しい。
そもそも相手の出方を待つ男ではないのだ。
ムサシは慣れない沈黙に動悸が早くなる。
ヒル魔の気持ちに水を差したくない。たとえ自分の心境がどうであろうと、ひとこと「見る」と言えばいいのだ。
「ヒル魔」
「ムサシ」
口を開いたのは同時だった。
「なんだよ」
「いや、お前のほうから……」
ヒル魔は、むっとした表情でムサシをにらんだ。
抜群に回転が速く、感情に流される事もめったに無いのに、ときおり子供のような反応をする。
かわいい、と思わず笑ってしまう。
「なんだよ」
憮然とヒル魔が繰り返した。
「いや。見るよ。お前の自慢の『黄金の脚』だからな」
ふ、とヒル魔の顔から表情が消えた。そして静かに、口を開く。
「……俺の、じゃない。デビルバッツの、だ」
「……」
「ムサシ。見れば、自慢したくなる。絶対だ」
まっすぐにムサシを見る。強い視線。
4秒2。ヒル魔でなくとも自慢だろう。そんな男がチームにいれば。それはわかっている。
初めてヒル魔からアイシールドのことを聞かされたときのその表情を見れば、ヒル魔がどれほど喜んでいるのかも。
ただし、ムサシにはもう、他人事だ。だが、ヒル魔が自慢したいのなら、見てやろうと思った。それぐらいしか、してやれることはない。
「……わかった、明日の夜だな。打ち合わせが入ってるからビデオにとって見る」
ムサシは微笑った。だが、ヒル魔は笑みを返さない。
「ヒル魔?」
ムサシが呼ぶと、ふと虹彩の小さな瞳が揺れた。そして、ふ、と目を伏せる。
「……ヒル魔?」
「クリスマスボウルは、かなわない夢なんかじゃ、ねえんだ」
低い声だった。だが、底にはしっかりとした芯があった。
「……ああ、そうだな。お前は、疑ったことなんかないだろう?」
「ねぇよ」
即答だった。
ムサシが覚えている限り、栗田と違って、ヒル魔の口からその手の言葉を聞いたことはない。ヒル魔はほんとうに、強い男だから。
けれど。なら。
今ムサシの前で、目を伏せ、ひどくさびしそうな顔をしている男は、誰なのだろう……。口調とはうらはらに、ヒル魔はとても心細げに見える。
ムサシの手が、無意識にあがる。
だが、先日きっぱりと拒絶されたことを思い出し、ふたたびおろした。
だきしめてやりたいと思うが、それもかなわない。自分にはその資格がない。
固くこぶしを握り、ムサシは意図してゆっくりと微笑う。
「なあ、ヒル魔」
ヒル魔は不審そうに視線をあげる。
「いとしさと〜、せつなさと〜、とかって歌、あったよな」
唐突に言い出したムサシに、ヒル魔は大きく目を見開き、心底あきれた声で「ああ?!」と応えた。
あきらかに気分を害した様子は、ムサシでなければひるんだだろう。
「女の歌手で、なんつったか。でもあったよな」
ヒル魔はしかたなさそうに小さくため息をつく。
「……ああ、あったな。それが?」
「いや、なんとなく思い出してな。いとしさとせつなさと……のあと、なんだったか」
「さあな」
どうでもよさげに、たしかにどうでもいいのだろう、ヒル魔はこたえた。
ムサシも、歌のタイトルなどどうでもよかった。
「じゃあな」
工具箱を持ち上げ、短く挨拶すると、ヒル魔はムサシを見もせず、手だけひらひらと振った。
誰もいなくなった部室で、ヒル魔は椅子に腰掛け、両足を真新しいテーブルの上にのせた。
頭の後ろで腕を組み、天井をあおぐ。
かなわない夢なんかじゃない。
だが、どう言葉を続けるか迷っているうちに、ムサシにはぐらかされてしまった。
「くそ……下手に世慣れてきやがって。かわいくねぇ」
ムサシにはどうしてもアイシールドを見ておいてほしかった。だから、念をおした。
いつもなら、しない。けれど、今回だけは。
伝えたかったから。時間が解決してくれることもあるのだと。
たった二人だったデビルバッツにも、黄金の脚の主があらわれたように。きっと、いつか、ムサシにも。
だから、あきらめるな。
この声が、届くように。どうか、届くように……。
了
いとしさとせつなさと心強さと〜♪ ですね。いえ、この歌をとりあげたのに深いイミはありません。タイトルがムサシの心境っぽいかなというダケで。しかし厳さんにはとっても似合わない(汗)
ムサヒルはもうネタがないから、今度はヒルまもを書こう…・・・と思っていたのに、なぜかまたムサヒルに……。いいよ、いいよ、ムサヒルでいいよ。(石ヒルも書きたいなぁ)
ムサシがアイシールドを「知っている」という前提でずっと書いてるんですが、もし知らなかったらどうしよう〜。アメリカ戦見て初めて知ったんだったりして……。ヒル魔さん、大丈夫よね?!