『ミステイク』


「ん、……あ……ああ……っ」
ムサシのものを埋められて、ヒル魔は甘いあえぎを漏らしている。
「ヒル魔……お前、ずっと声あげっぱなしだぞ?」
低く笑いを含んだ声でムサシがささやく。
律動はけして激しくは無いが、ポイントを的確についてくる。そのたび、ヒル魔は身体を震わせて声をふりしぼる。甘く鼻にかかったとろけるような声が、だんだんと悲鳴じみた悦楽の叫びに変わりつつある。
「言う、な……っ。この……糞ジジ……っ」
ヒル魔がそう言い返すも、返ってきたのは軽い笑い声。
「その糞ジジイにいいようにイカされてるのはどこのどいつだ? ……ん?」
そういいながら、ムサシは腰の動きを速くする。
さんざんに前立腺を叩かれ、ヒル魔は操り人形のようにガクガクと手足を痙攣させる。
「ぅあっ……だめ、だ……も、イクっ……ああっ、イク、ああっ、ああっ!」
ぎゅう、とシーツの握り締め、身体をのけぞらせ……。
「ああ、あああっ……いっ……あっ! あー……っ!!」
ビクビクッ、とひときわ大きく身体を跳ねさせ、ヒル魔は絶頂に達した。

「てめぇ、似合わねぇモン持ってやがるなぁ」
ムサシの掌の中にあるものを見て、ヒル魔はそうつぶやいた。
午後の電車内。帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間帯だが、買い物帰りらしい学生や主婦などでそこそこ混み合っている。
ヒル魔と並んでつり革につかまっているムサシは、その手に最新型のMP3プレーヤーを持っていた。
「あー、コレなぁ。ボタンが小さくて操作がな……」
大工仕事をするだけあってムサシはけして不器用ではないが、元々指が太いので細かい作業には向いていない。その点ヒル魔とは対照的だ。
「てめぇ、なんでンなもん買ったんだ? 仕事中に聞くワケじゃねぇんだろ?」
ムサシの手元を覗き込みながらヒル魔がたずねるが、ムサシは生返事をするだけで、機械の操作に気を取られている。
「……いや、買ったのは一ヶ月ぐらい前なんだが。最近なぁ、やっと機能を使いこなせるようになってな」
「ふぅん……」
ムサシは上着の内ポケットからイヤホンを取り出し、ヒル魔に差し出した。
「? なんだよ。聞けってか?」
ヒル魔は眉根を寄せながらそれを受け取ると、耳にあてがう。次の瞬間、隠そうとしても隠し切れない動揺と怒気がその顔に浮かんだ。
「……てめぇ。これ……!」
ヒル魔はすぐに耳からイヤホンを外し、低く唸る。
そこから流れてきたのは、他ならぬ自分自身のよがり声だった。
視線で人を殺せそうなヒル魔のきつい眼差しを、ムサシは片頬をゆがめて平然と受け止める。
「すげぇよな、最近の機械は。ボイスレコーダー付だってよ」
しゃあしゃあと言ってのけるムサシをヒル魔はさらににらみつけるが、効いた様子はない。
それどころか……。
イヤホンからかすかに音が漏れ始める。あられもない痴態を示す声が。
むろん、ムサシが手元でボリュームを操作したのだ。
ヒル魔はあわててイヤホンをきつく握りこむ。
ムサシはその様子をニヤニヤと笑いながら見ている。
「お前は耳がいいからな。普通はまだまだ聞こえやしねぇよ」
「くだらねぇマネしやがって……!」
ヒル魔はムサシの手にあるそれを奪い取ろうとするが、一瞬早く握りこまれてしまう。
「ここで揉めたら目立つぞ?」
別に目立ったところでヒル魔は困らないが、騒ぎを収める手間を思うとそれも面倒だ。
「チッ。つまるとこ、てめぇは何がしてぇんだよ」
「……それ、そのまま聞いててくれよ」
そういって、ムサシは機械ごとヒル魔に手渡す。
その小さな機械を壊してしまう事も、相手にせず自分のポケットにしまう事もできたのだが。
ヒル魔をのぞきこんできるムサシの眼を見て、考えを変えた。
ぎらぎらと獣じみた、男の目。
馬鹿。そんな眼してたら、テメーのほうが目立つってんだ。
ヒル魔は内心でひとりごち、なるべく平然とした様子でイヤホンを耳に押し込んだ。
その様子をムサシがじっと見ている。
耳にながれこんでくるのは、自分の嬌声とムサシのささやき声、激しい息づかいと、粘膜同士がこすれあう水音、そしてベッドのきしむ音。
冷静であろうとするヒル魔だが、そのときの記憶が戻ってきてしまう。自分の記憶力を呪いたくなったのは初めてだ。
車内アナウンスが流れるたび、はっと我に返る。そのギャップがいまいましい。
ヒル魔が顔を歪めたのを見てか、「どうだ?」とムサシがたずねてくる。その声がこころなしうわずっているように思える。
「……どうもこうも」
はき捨てるように答えるヒル魔に、ムサシはニヤニヤと笑ってみせる。
「そうか? 俺はそれ聞いて、嬉しかったけどな。それだけの声出させてんだなぁ、ってな」
「馬鹿馬鹿しい」
畜生。今度から声抑えてやる。
ヒル魔は視線をそらす。
自分の声が限界を訴えている。ふたりの息づかいがますます激しくなる。
思わず無意識に眼を伏せた。
やばい……このままじゃ……。
下半身に、覚えのある熱が集まり始めている。
とっさに、イヤホンを外した。その途端。
「ヒル魔……」
耳元でささやかれた声が完全に欲情しているのに気づいて、ぎょっと顔をあげる。
「次の駅でおりようぜ」
その言葉が意味する事はひとつだ。
ゆったりとしたズボンにうまく隠されているが、おそらくムサシのそれは元気いっぱいに違いない。
「……てめぇ、ホント馬鹿じゃねぇの?」
心底あきれて、ため息まじりに、ヒル魔は応える。
「イヤ、お前の顔みてたら……そんときのこと思い出しちまって」
ムサシの意図は分かっていた。本当は、この機械でヒル魔を煽るつもりだったのだ。だが、まっさきに煽られたのはムサシのほうで。
「ミイラ取りがミイラになった、ってヤツか?」
情けない顔つきで苦笑を見せるムサシに、ヒル魔は黙ってその機械を返したのだった。


あ、ちゃんと次の駅で降りてシマス。たぶんトイレかどっかで(爆)

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