「まぐわい」


閉めてあるカーテンの隙間から、かすかに早朝の光が差し込む室内に気配も無くたたずんでいるのは、ヒル魔。
6畳の部屋の中央にはやや年季の入った布団がしかれ、そこに仰向けに横たわっているのは、部屋の主であるムサシ。
夢でも見ているのか、かすかに眉根を寄せている。
意外と寝相よく、いびきもかかずに静かに寝入っているムサシだが、掛け布団は暑さのためか足元にまるめられていた。
そのため、ムサシ自身がトランクスを押し上げている様がよく見て取れた。
むろん、この状況を看過するヒル魔ではない。
衣擦れの音ひとつさせずに傍らにしゃがみこむ。
その中心へ手を伸ばすと、布地越しに指をすべらせた。


ああ、夢だな……。
そう思った。
夢を見ている最中に、これは夢だと自覚する事はたまにある。
だが、なんとも味気ない夢だ。
全体的に薄暗く、周囲のなにもかもが色あせている。
そのせいで、おそらく住宅街を歩いているのだろうと思うが、それもはっきりとしない。
そこへ、
ムサシ……。
かすかな声が聞こえた。
遠くから呼びかけられたようにも、すぐ耳元で囁かれたようにも思える。
だが、この声の持ち主にはすぐに思い当たった。
かすれて、奥底にトロリと甘いものを感じさせるこの声。
めったに聞くことはできないが、それは絶頂へ追い上げて欲しいときにヒル魔が漏らす声だ。
そう思った瞬間、下半身に熱が集まった。


ヒル魔は布地の上から慎重にゆっくりと、指でテントのてっぺんをなぞるようにする。
そこは当然のことながら熱をもち、脈打っている。
しばらくそうしていると、そこが湿り気を帯びてきた。
ケケケ……。寝てても我慢汁ってな出るもんだな。
内心でひとりごち、指を離した。
ムサシは一向に目覚める気配がない。
トランクスのウェストに手をかけ、ひっかからぬように注意しながら引き下げた。
ぼろん、と音がしそうな状態で、ムサシのものが姿を現す。
……完勃ちでもねぇのにデケェな……。
同じ男としてはやはり面白くないが、今更である。
ヒル魔はムサシの脚の間にうずくまると、付け根に指をそえて持ち上げた。
そして、小さな玉を浮かせている先端に、尖らせた舌先をチロチロと躍らせる。
「ん……」
わずかに、みじろぎする気配。だが、それだけだ。
いい根性してやがんな、このジジィ。
ヒル魔は片頬をゆがめると、そっと、だが本格的に舌を使い始めた。


ヒル魔、いるのか?
ムサシは周囲を見回しながら、問いかけた。
くくく……、と含み笑いが返ってくる。
うっ……?!
次の瞬間、ムサシは身体をこわばらせた。
いつの間にかしっかりと立ち上がっている己を、何かが触ったように感じたのだ。
あわてて、自分自身に視線を落とすが、そこには見慣れた作業着の下と、よくみなければわからないほどの盛り上がりがあるだけ。
だが。
う……っ、あっ……!
続けざまに感触が襲う。
ゾワゾワと快感が腰を中心に、下腹部全体に、背筋に、下肢にと広がっていく。
いくら夢とはいえ。人影がないとはいえ。住宅街の中で、昼日中から、目に見えないものに弄ばれて声を漏らしているなんて。
これって、俺にそういう願望があるってことか……?
ムサシはあせる。あせるが、感覚は止まない。
ヒル魔。ヒル魔なのか?
ムサシが問うと、それに応えるように、ムサシ自身が生暖かいものにすっぽりとくるみ込まれた。
あぁ……!
フェラされているのだ。間違いない。それにしても、この快感はすごい。
ぎゅっ、と括約筋が引き締まる。
カクカクと小さく身体が震え始める。
駄目だ。立っていられねぇ。
ムサシはアスファルトの道路の真ん中で、しゃがみこんでしまう。
ついた膝と掌に、職業上やけになじみのある、固い感触。ここが舗装された道路の上だということが、嫌でもわかる。
畜生……なんだってこんなコトばかりリアルなんだ。
ヌルヌルと柔らかいものに這い回られる感覚に声を殺しながら、ムサシは内心で毒づいた。


「う……う……」
ムサシの唇から低いうめき声が漏れる。が、それが苦悶ゆえなどではないことは、勿論わかっている。
てゆーか、すげぇな、こいつ。ここまでされて起きねぇのかよ。
ムサシ自身を唇でしめつけ、裏筋にぴたりと舌を密着させて、頭を上下に動かす。
ヒル魔にしてみれば、さすがにここまで来る前にムサシが目覚めるだろうと思っていたのだが、未だその気配がない。
一旦口内から開放する。先ほどよりもずっと固くなり、芯が通っている。
先端に指をあててくるくると刺激しながら、ハーモニカを吹くように、竿に横から唇をつける。
ちゅっ、ちゅっ、とかなり大きな音が響く。
だが、ムサシはそこをびくびくと脈打たせながらも、目を覚まさない。
う〜ん……こいつに限って、狸寝入りってこたぁ、ねぇだろうしなぁ。
エラのあたりをレロレロと嘗め回しながら、ヒル魔は首をひねる。
ムサシは相変わらず気持ちよさげに唸るだけだ。
まあ、イキゃあ、さすがに起きるだろ。
先端からあふれ出す半透明の液体を指ですくって、幹の部分に塗りつけるようにする。
そうしてでっぱった部分に唇をひっかけるように挟み込み、小さな穴に舌先をもぐりこませるように、やや強引にくねらせた。
ビクッ、とムサシの腰が浮く。
ヒル魔は握りこんだ右手を、ちゃんと刺激する位置にセットすると、かなりのスピードで上下に動かし始めた。


股間を襲う快感は、さらに強烈なものになってきていた。
奥歯を噛みしめていてさえ、うめき声がひっきりなしに漏れてしまう。
そして、自分のものではない、かすかな息遣いが聞こえる。
ひっそりと、それでいてあえぐような息遣いが。
このままじゃ……出ちまう……。
ゾクゾクする射精感が、急激に強まっている。
ムサシは道路に膝をついたまま、ズボンの前をくつろげる。
完全に芯の通ったそれが、勢いよく飛び出した。
すっかり濡れていたようで、かすかな飛沫まで散る。
平日の夕暮れの時のような住宅街で、ムサシは道路に膝をついて腰を突き出し、悦楽に身体を震わせている。
どうして……俺はこんなところで独りなんだ……どうしてお前が見えないんだ……ヒル魔……。
誰かに恐ろしいほどの快感を与えられている己自身。その誰かは間違いなくヒル魔なのに、その姿が見えない。
ムサシは先端から液体を滴らせている自分自身を見やる。
本当なら。金の髪を揺らして、ムサシを含んでいる白い顔があるはずなのだ。
通った鼻筋。伏せたまぶた。意外と長いまつげ。赤い口内と、這い回る薄い舌。そして、時折含んだもので盛り上がる、そいだような頬。
ヒル魔……ヒル魔……。
お前に触れたい。お前の目を見ながらイキたい。
ムサシは見えないヒル魔を見つめる。
はあ、はあ、と息があがる。絶頂が近い。
ヒル魔の情欲に濡れた眼。ムサシの吐き出したもので唇をぬらし、舌先でそれをゆっくりと舐め取る様が、たまらなくいやらしい。それが、見たいのに。
あ……あ……もう……イク。ヒル、魔……。
頭の中が白くなる。
知らず、自分で自身をきつく握り締める。
固く目を閉じ、口を開き、顎をのけぞらせ、背を反り返らせて。
そして……。


「は、あっ、あっ、ううぅ……っ!」
声とともに、ガクッ、と腰がつき上がった。
腰を浮かせながら、ムサシは吐精し続ける。
びゅく、びゅく、と吐き出されるそれを、ヒル魔は呑み下す。
それが収まる頃、ヒル魔は根元から搾り出すように唇できつくはさんで先端まで吐き上げてから、ちゅぽん、と離した。
「ヒル魔……」
その声に視線をあげると、さすがにムサシは覚醒して、上体を起こしていた。
「よう。さわやかなお目覚め?」
ヒル魔はにやにやと微笑いながら言う。
「……」
何かを言いかけるように口を開いたムサシより先に、ヒル魔の哄笑が響く。
「しっかし、テメー、マジ寝汚ねぇな。フツー、こんだけされたら途中で……」
ヒル魔は最後まで言い切ることができなかった。
あっという間にムサシに抱きすくめられて、布団に押し倒されたからだ。
「オイ! 今抜いたばっかだろ!」
だがムサシは無言のまま、むさぼるように口付けてきた。
「ん、あ……寝、ぼけてんな……っ、んんっ……こ、の、糞ジジ……っ」
激しく口内を犯される。
「んっ、ふっ、ぅんんっ!」
息継ぎもままならない。やっと離れた時は、二人とも息が上がっていた。そして、二人ともすっかり臨戦態勢になっていた。
「……どうしたってんだよ。よくなかったのか?」
それでも、ヒル魔は不満気に呟く。
「いや。すげぇ良かった。腰が抜けるかと思った」
「なら……」
「でも、やりたい。お前を見ながら」
「?」
ムサシはかまわずにヒル魔の下半身に腕を伸ばす。ヒル魔もあえて止めたりはしない。
「……ヒル魔」
「……なんだよ」
立ち上がったものを太い指でまさぐられながら、かすかにかすれた声でヒル魔は応える。
「好きだ」
「!」
思い切り見開かれたヒル魔の眼を覗き込んで、ムサシはにっこりとめったに見せない顔で微笑った。


タイトルに反してまぐわっていませんが。まぐわいは「目交い」と書き、視線を合わせることだったそうですね。……と、江口源氏にあったような気がする(爆)
夢精は現実での射精より気持ちいいのだそうですね。ま、このお話の場合夢精じゃない気もしますが。

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