『独り寝』


すったもんだの挙句、結局ちゃっかりヒル魔のカバンの中に入れてあった、白い樹脂製の器具。なんとも形容しがたい、あえてたとえれば、なにかの操縦桿のような形状の、ソレ。
男性が、後ろで快楽を得るためにアメリカで開発されたもの。
それをほかならぬ自分の鞄の中に見つけたとき、ヒル魔が怒りにうち震えたのは言うまでもない。
が、だからといって学校に持っていってまで突っ返すのも馬鹿らしく。さらに、こんなものをうかうか捨てられるか! と床に叩きつけたあと、棚の奥にしまわざるをえなかったのは、不本意以外のなにものでもない。文字通り、これは自分の恥部である。
むろん、翌日ムサシには蹴りから始まって、罵声からイヤミまでたっぷりフルコースでお見舞いしたが、それでコレが消えてなくなってくれるわけでもない。
そして、きわめて合理的な頭脳の持ち主ではあるが、あまり整理整頓とは縁のないヒル魔は、視界に入らないそれの存在を、しばらくして忘れてしまった。
思い出したのは、ひどく暗い休日の朝。
ヒル魔とて若い男には違いないので、目がさめたときに自分の意志とは関係なく、そこが立ち上がっていることもある。いつもなら、さっさとシャワーを浴びて気持ちを切り替え、ランニングに出てしまうのだが、今日は雨模様。しかも台風接近中だった。

休日でよかった。
叩きつける雨音を聞きながら、ぼんやりとそう考える。滅多にないことだから、とふたたびベッドに仰向けになって、やっと己の状態に気がついた。
なんとなく、ズボンの中に手をさしいれ、芯を持っているものに指をからめる。緩慢な動きでけだるく快楽を追ううちに、行為に熱が入ってくる。
悪天候なりに今日の予定はある。しかし、一刻を争うようなものではない。
夏がけをはぎとり、ズボンと下着をおろした。
いまやはっきりと存在を主張しているものに、ふたたび指を沿える。
根本から裏筋を佩き上げ、先端をこすり、くびれをさする。赤ん坊の唇のような尿道口に、透明な珠が浮かぶ。それを指先でぬぐって、やわらかく亀頭全体に塗りつけた。
「は……」
気持ちはいい。幾度となく、した行為。どこをどうすれば追い上げる事ができるか、十分わかっている。だが。
ものたりない。このままイッてしまいたくない。
どこが淋しいか、おのれの指さきが自然とたどった先。
ふたつの果実をもてあそび、会陰部をくぐり、そして、まだすぼまっている蕾へ。
指の腹で周囲を揉む。
ヒル魔は我知らず眉根をよせて、軽くのけぞった。
周りをいじっているうちに、内部が、受け入れた時の感覚を呼び覚まされたのか、ひとりでに収縮するのを感じる。けれど、しめつけるものは当然、存在しない。
それでも指をいれるのはためらわれた。
ヒル魔は熱に浮かされたような頭で、視線をさまよわせる。なにか、埋められるものを。
ふと、例の器具のことが頭に浮かんだ。
これじゃ、アイツの思うツボだ。
そう思うものの、すでに熱くなってしまった身体をもてあましている。
身体は正直なもので、その器具に思いが至っただけで、むく、と自身がさらに頭をもたげてきた。
しばらくためらったあと、ヒル魔はベッドを抜け出し、記憶をたどって、それを引っ張り出した。
このままでは使えまい。ほこりも被っているし、潤滑油も必要だ。
洗面所へ行き、石鹸で洗い、ローションを手に、寝室へ戻る。
引出しをかきまわしてコンドームを取り出すと、それにかぶせ、ローションをたっぷりと塗りつけた。
以前、ムサシがそうしたように。
そう思うと、自然と息が荒くなる。
馬鹿みてぇ。
興奮する自分を冷たく見てみるが、効果はない。
寝巻き代わりのシャツとパンツをとりさり、下着も脱ぎ捨てて、全裸になる。下だけ脱げばいいのだが、誰が見ているわけでもないが、間抜けな格好になるのがイヤだった。
ベッドに四つんばいになる。室内はまるで夕暮れ時のように暗い。朝日がさんさんと差し込んでいたら、さすがにここまでしようとは思わなかったかもしれないが。
掌にもローションを受け、後ろへ指を伸ばす。
ヒル魔の前は、期待感のためにすっかり立ち上がりきっていた。
冷たく湿った指が後庭の周囲の襞に触れただけで、脱力しそうになった。むろん、自分でそこに触れることは初めてではない。だが、必要あってのことで、今のような目的で触ったためしはなかった。
ローションでぬめる指先を、円を描くようにこすりつけ、さする。
「は……、は……」
運動しているときのように、口を開いて、呼吸を逃がす。
やがて、指で刺激せずとも、そこはひくひくと蠢きはじめ、小さくほころびだした。
わずかにのぞいた内側に、指を押し付けて小刻みにゆする。
「……っ」
ヒル魔は唇を噛んで身悶えた。
ずず、と指が中へ誘われるように埋まっていきそうになる。ヒル魔はそれをすんででこらえた。
いったん手を離す。ベッドに放り出されていた器具をつかんで、後ろ手にあてがった。
「う……」
小さくうめきがもれる。そういう形状だからだろう、ずるずると勢いよく飲み込まれそうになるのを指でおさえて、速度を調節しながら、埋めていく。
最後まで入れてしまうと、ふ、と力が抜けた。
肘と膝を突いた、獣の格好。しかしそれに屈辱や羞恥を感じる神経は持ち合わせていない。
少しすると、何もしていないのに、中のほうからじわじわと快感がひろがってきた。
「……う……あ」
ヒル魔は、前立腺あたりに力を入れたり抜いたりを繰り返す。その度に、射精寸前のような、それとも少し違うような感覚が、突き抜けていく。初めてこの感覚を知ったときは、身体がバラバラになりそうなほど気持ち良くて、気が狂うかと思った。
教えたのはムサシだ。
イイ……好い……っ。
無意識にシーツを絞る。
前からは、透明な液が大量に滴りおち、染みを作っていた。
「あ……あ……!」
ヒル魔は枕につっぶし、腰を高くあげて、一度目の絶頂をむかえた。

ベッドにあおむけによこたわる。脚を伸ばすと中がきついので、膝をまげた格好だ。
呼吸を整え、乾いてしまった喉を鳴らす。
水が欲しかったが、立ち上がるのも、後ろに入っているものを抜くのも億劫だった。
だが、そうしてしばらくすると、二度目の波が押し寄せてきた。
「あ……ん……」
腰から下が溶けるような甘い感覚が湧き上がってくる。
ヒル魔はかすかに顔をのけぞらせる。唇から吐息が漏れる。声も。
こびるような、高い声。こんな声を自分が出すとは思わなかった。それも、独りだというのに。
やがて、重くしびれるような陶酔が、鋭利な快感へ変化する。そうして、ヒル魔の神経を焼く。
「っ、あ……っ!」
まぶたの裏に、火花が散った。
内部におさまったものが上下に動いている。丸い突起がヒル魔の快感の源を間断なく刺激する。
「あ、あ……」
ビクッ、ビクッ、と脚がはねるのは自覚しているが、とめたくてもとまらない。その動きが、蔓の部分を動かし、会陰部から前立腺を圧迫し、また別の快感を産む。
ふと薄目をあけて股間を見ると、やや縮こまり気味になりながらも、己の吐き出したものでしとどに濡れそぼったヒル魔自身が見えた。
やらしい眺め……。
頭の隅に揶揄するようにそんな感想が浮かんだ。と同時に、自分自身がピクリとはねる。
正直だな。
く、と口元が自嘲に歪む。
ヒル魔は自分の胸の飾りに、両手を伸ばした。
色素の薄い周辺を焦らすようにさする。
親指と中指で突起をつまみあげ、人差し指の腹で先端をこすりあげると、ゾクッ、と鳥肌がたった。身体が硬直し、中のものを締め付ける。そのせいでまた強く前立腺を刺激されて、ヒル魔は悲鳴に近い嬌声をあげた。
一度声が口をついて出てしまうと、歯止めがかからなくなった。
「ああっ、あっ! もっと……も……、あっ」
脚が爪先立ちになり、腰が浮く。
喘ぐ。喘ぎつつ、悶える。
勃ちあがりきり、さらに敏感になった胸の突起を両手で愛撫する。
閉じた目の奥で、フラッシュのような光。なにかをねだるように舌を突き出し、声をふり絞る。
後ろの奥から、己の屹立の付け根から、器具はきわめて正確にポイントを攻め立てる。ヒル魔の……否、男の。
「あっ! ぅあ、あっ、……イクっ!」
下半身を波打たせながら、ヒル魔は大きくのけぞり、ふたたび絶頂を味わった。

そのまましばらく硬直していたが、やがて力を抜いて横たわる。
いつもの、己を慰めるのとは違う、それよりずっと強い快感。頭が白くなり、めまいさえ覚えるような。
それでも。
タリナイ……。
喉がカラカラだった。けれど、3度目の感覚を待って、ヒル魔は横たわっている。
さっきのでも、十分気持ちよかった。のに、ものたりない。自分はこんなに性欲旺盛だったろうか。
三度目の波も、ちゃんとやってきた。
何度も力を入れたり抜いたりしている脚が、少しだるく感じる。が、押し寄せる感覚にそんなことはやがてどこかに飛んでいってしまう。
ヒル魔は目を閉じ、身体の奥から生まれる甘美な愉悦に精神をゆだねる。
「あ、あ……あ」
最初から、高い声が漏れた。
ゾクゾクと全身があわ立つような感じ。
タリナイ。モット……。
腰が淫猥な動きをしているが、ヒル魔にその自覚はない。ただ、そこから生じる悦楽に、我を忘れて鳴き声をあげる。ときおり波がたつように、するどい快感が混じる。
好い。すごく、すごく気持ちいい。なのに、貪欲に求めたくなる。
「もっと! もっ……、ああ、もっと……」
小さく絶頂を繰り返し、気が遠くなるほど感じているのに、ヒル魔はもどかしく身悶える。
ああ……足りない……まだ……。
「も……っと、ムサ……シ……!」
名を、呼んだ。
ヒル魔は息を止めて、目を見開いた。
一瞬で、なにもかもがわかってしまった。
自分が何をもとめて、満足できていないかが。
後ろに埋まっている器具は、ちゃんとエクスタシーを与えているけれど。そうではなくて、もっと……。
ヒル魔はおずおずと口を開く。
「……欲しい……ムサシ」
言ったとたん、激しい快感を覚える。ヒル魔は小さく叫んで悶えた。
自分を抱きしめる強い腕。首筋にかかる吐息。たくましい背中にすがりついて。
汗に濡れた太ももが、自分の足を持ち上げ、そして。
ムサシの、今埋まっているものよりも、ずっと太くて熱い硬直が。反り返ったそれが、自分の中心へあてがわれ、ゆっくりと、押し分けてくる。
小さく動きながら、少しずつヒル魔を侵食し、やがて最奥へたどりつく。
「あっ! あっ! ムサシ……!」
ヒル魔は目を閉じて、ここに居ない男を想う。その男に抱かれる自分を。
「ムサシ……あ、ム、サシ……っ、もっと……もっと……っ」
はあはあとせわしなくヒル魔は喘ぐ。そして求める。
身体の奥を、快感というピンで留められたように、なりながら。
ここまで素直にムサシを欲しがったことはない。これからもないだろう。けれど。だから、せめて今だけ……。
もう、ほかには何も考えられない。
ヒル魔の痩身が絶え間なく小さく震えている。ムサシがきれいだと賞賛し、隅々まで愛撫した白い裸体。
中が、とても熱い。
その熱は腰から太もも、膝裏からふくらはぎをぬけて、つま先へ。そして背中を這い上がり、肩から指先へ、首筋から頭のてっぺんへ、突き抜ける。
「ムサシ、あ……あ……んっ、ソコ……もっと。突いて……」
次から次へと高波のように押し寄せる、熱。おぼれそうになりながら、ヒル魔は呼ぶ。
いや、おぼれてしまいたい。このまま。
もっと、中をかき回して、突き上げて。激しく。焼け溶けてしまいそうなほど、速く。
刺し貫いたムサシの存在がヒル魔を圧倒し、翻弄する。
「ひ……あっ、あっ、あっ……!」
絶頂が近い。
汗だくになり、上気した身体が、ガクガクと痙攣する。必要もないのに、腰がグラインドを繰り返す。前から滴り落ちたもので下腹部も柔毛もびしょびしょだが、それは意識の外。
「あっ、あっ、もう……も……いくっ」
す、と手を前に添える。いつもムサシが最後、そうしてくれるように。
軽く握りこんで上下に動かすと、ビクッ、とひときわ大きく身体が揺れた。
「あ、イ……ク、イク、あああ……っ、いいっ、……ムサシ……ィ……っ!」
夢中で手を動かす。ヒル魔の胸にも腹にも、シーツにも、飛沫が散った。
前と後ろ両方に、津波のような快感。絶頂感に耐え切れず、ヒル魔は叫ぶ。
薄暗い室内に、激しい雨音を裂いて悲鳴のような嬌声が響く。
白い塊が暗闇の中をすごいスピードでせりあがり、頂点で四方へ千切れ飛んだ。

気を失うように眠ったヒル魔の眦から、涙がすべり落ちた。

泥のような眠りから目覚めてみると、ベッドの上は大惨事だった。
一瞬青くなったヒル魔だったが、重い身体を持ち上げて衣服を身につける。
白い器具ごとシーツをはぎとると、まるめて浴室へ持っていく。火炎放射器をとりだして完全に炭にしてしまうと、新しいゴミ袋に燃えカスを入れてしっかりと口を閉じた。
「これでよし、と」
あんなものをいつまでもとっておいたから、あんな醜態になったのだ。
きっとそうだ。
これでもう二度と、こんなマネはしない。ムサシが欲しくて欲しくて仕方ないなどと、想った事などないのだから。

ふ、と男の姿が脳裏に浮かんだが、ヒル魔は頭を振って、今度はシャワーをあびるべく浴室へ向かった。


やっぱりエロって難しい〜。どれを書いても同じになっちゃうよ〜(泣)
最終的にはムサシと幸せになってほしいけど……孤独なヒル魔さんが好きだー!(告白)

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