『秘密』−後編


ヒル魔が手馴れた様子で作業を進めるのを、ムサシはただ眺めていた。むろん、何をするつもりかはわかっていたのだが。

ヒル魔は、すべてをムサシに話したのではなかった。
CDの代金として受け取るのは、金だけではない。
もっと重要なのは、個人の情報。
ムサシも栗田も、ヒル魔が脅迫手帳を携帯していることは知っている。その中身はほとんど同世代の人間のもので、どちらかといえば、笑ってしまう内容のものばかりだ。
だが、それとは別に、地位も名誉もある人間を簡単に追い落とせる情報も、ヒル魔は握っていた。その情報を使い、複数の人間をそれぞれにしむけて、在野の中学生でも、簡単に消してしまえないような状況を作っているのだ。
ムサシが知らない、もうひとつの顔。そして、これからも教えるつもりの無い顔。
これは、ヒル魔には必要なこと。けれどこの不器用な男は、知れば、きっとヒル魔を止めることもできず、かといって自分を納得させることもできないだろう。そうして、少しずつ離れていってしまう。
それはヒル魔には身震いするほど、恐ろしいこと。

やがて、室内に女の喘ぎ声が響いた。
ムサシは、ぎょっと体をすくませる。
「オイ、お前こんな音が外に漏れたら……」
いくらなんでもヤバイだろう。
ヒル魔の細い肩をつかんで言うと、大丈夫、防音にしたから、とこともなげに返ってきた。
そういえば、少し前に体育館でなにやら工事をしていたな、とムサシは今更ながら思い出す。
いくら老け顔とはいえ、中学生は中学生である。ムサシの視線は刺激的な映像を映し出しているモニタへとすいよせられた。
そこには、金髪を長くたらした豊満な体つきの白人女性と、それを下から突き上げている白人男性。
激しい律動に自らも腰を揺らしながら、女性はひっきりなしにしゃべっている。むろんすべて英語だが、ふしぎとニュアンスで何を言っているかわかるものだ。
あんなに口を動かしながらで、よく集中できるな。
それが、初めて洋モノポルノを見たムサシの感想だった。かえってうるさいぐらいである。
しかし、頭と身体は別物だった。冷静な感想とはうらはらに、下半身に血が集まるのに時間はかからなかった。
ちらり、と隣に視線を走らせれば、同じように画面を見つめるヒル魔。
しかし、伏目がちに唇を結んでいる横顔は、わずかな興奮も示していなかった。
まあ、コイツにしてみれば一度見た内容だしな。
多少気恥ずかしさはあるものの、ムサシは口を開いた。
「なあ、ヒル魔。その……俺、便所へ」
行ってくる、という言葉は空中に霧散した。
ヒル魔の手が、ムサシの手首を握っていた。
「ヒル……魔……?」
ゆっくり、視線をこちらへ向けてくる。なんの表情もない、白い顔。
ムサシの手首に絡み付いていた指が、そっと外され、ムサシの胸を軽く押す。そのまま下へ滑り降りると、存在を主張しているふくらみを撫ぜた。
「……!」
ムサシの身体が、ピクリと震えた。
止めることは思いつかなかった。予想を超える行動だったから。
呆然と口をあけてヒル魔を見下ろすムサシと、無表情でその視線を受け止めるヒル魔。だが、その手が、細い華奢な長い指が、何か別の生き物のようにムサシの下腹部でうごめいている。
室内には、激しさを増すばかりの男女の声と、肉同士がぶつかる音。
それを聞きながら、静かに、静かにムサシは追い詰められていく。
「……ヒル魔……」
喉がカラカラだった。視線を外せない。舌で唇をなめる。ふいに、ヒル魔が身体を寄せた。
自覚もないままに、唇をふさがれていた。
自分の首に、ヒル魔の右腕が回されている。
ほんの少し、ヒル魔が顔を離してムサシを見た。
その眉根が切なげにひそめられているのを見て、ムサシのなかで何かが切れた。
折れてしまいそうなヒル魔の腰を抱き寄せ、口付ける。
腰をおしつけると、ヒル魔のものも猛っているのがわかった。
初めてのキス。その相手がヒル魔だとは思ってもみなかった。
だが、夢中で唇の感触をむさぼるムサシに、そう思い返す余裕はない。
ヒル魔が長い舌を出してそれに応える。
ムサシが相手の腰をつかんで自らをこすりつけると、ヒル魔の口から短い声があがった。
作り物のような金の髪と、抜けるように白い肌。そしてその表情は、ビデオの女優と同じ。
けれど、声を殺して湧き上がる感覚にみじろぐヒル魔のほうが、はるかに美しい。そうムサシは思った。
互いの前立てをあけて、じかにこすりつける。
「あ……っ」
ヒル魔の痩躯が、おおきくしなった。
「ム……サシ。あ……制服、汚すと……面倒だ、から……っ」
ヒル魔がきれぎれに言うのを理解して、いったん手を離す。
ムサシは手際よく上半身裸になる。ヒル魔はシャツのボタンをはずして、前をはだけた。
飛び散ったりしなければ大丈夫だろう。
そう判断して、行為を再開する。
慣れない、というより、初めての行為は、やはり限界も早かった。
少しでも快楽を得ようと、きつく抱き合い、腹を密着させる。
本能的に腰を動かし、その速さを増すと、ヒル魔がこらえきれないように、切れ切れに嬌声をあげる。初めて聞く声は、確かにヒル魔のものなのに、ひどくそそった。
「ヒル魔……イクぞ……」
耳元で荒くそうささやくと、ヒル魔が小さくうなずいた。
次の瞬間、快感が腰から頭へ駆け抜けていった。
ムサシの口から自然とうめきが漏れる。
ヒル魔も、ムサシの腕の中で痙攣していた。
背中に、軽く爪を立てられたのがわかった。
名残を惜しむように数回ゆっくりとこすりあわせてから、互いの身体を離した。
ふたりとも完全に息が上がって、トレーニングのあとのようだ。
違うのは、ヒル魔の表情。
目のふちを赤く染めて、瞳には逐情の跡がある。
唇をわずかに開いて細くふるえる息をつくさまは、凄絶の一言につきた。
いままでにも、よく見れば整った顔だとは思っていた。だが、綺麗だと思ったのはこれが初めてだ。
それは、もう今までと同じ目ではヒル魔を見られないことを意味する。
ムサシは黙って手を伸ばし、目の前の身体を抱き寄せた。
ヒル魔はおとなしく、されるがままになっている。
室内のビデオはいつのまにか終わっていた。
誘ったのはヒル魔。仕組まれたのだ、と思う。だが、腹は立たなかった。
「ヒル魔……」
低く囁く。
ムサシを見上げるその顔には、けして短くはない付き合いの中で初めて目にする、はかない表情。ムサシはそっと唇を寄せ、自分の肩にもたれかけさせた。
お前が望むなら。
心の中で、そう呟いて。

ムサシの肩に顔を伏せたヒル魔は、悲しいと表現していい顔をしていたのだが、ムサシからは見えなかった。

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