『秘密』−前編


体育館用具室の奥にある小部屋。
本来ならそこは体育教員のための控え室。だが、ムサシの目にとびこんできたのは、アメフト関連の用具ばかりだった。
部室をもらった、というヒル魔に連れられてやってきたのが、ここだったのだ。
「ヒル魔……お前、ココ……」
ムサシは呆然とつぶやく。
「あ〜、手間取ったぜ。公立はやっぱメンド〜だな。高校は私立にしようぜ」
おそらく以前から置いてあっただろうソファに、ヒル魔は足を投げ出して座る。
「ナニつったってんだ。テメーも座れよムサシ」
「あ……ああ」
室内には、ほかにも椅子が何脚か。生徒のためのものではない、大きな椅子だ。
ムサシは壁際の棚に目を向ける。
そこにはビデオと、CD-Rがずらりと並んでいた。室内には当然のようにTVもDVDもある。
ムサシが何気なく手を伸ばすと、「場所変えるなよ」とヒル魔の注意の声が飛んだ。
「それ、分類わけしてあっから」
「このCDか? 何も書いてねぇな。……コレも、コレも。中身なんだ?」
ヒル魔の答えがない。
ムサシが不思議に思って振り返ると、思い切り何か良からぬことをたくらんでいる時の笑みにぶつかった。
「……知りてぇか?」
あからさまにからかう声。
ヒル魔の悪い癖だ、とムサシは内心ため息をもらす。
「ああ。アメフトのデータってワケじゃなさそうだな」
ひらひらと、薄いケースを振って言えば、ヒル魔はさらに笑みを大きくする。
「大事な金づるだ。馬鹿にしたモンでもねぇぞ」
「?」
「中身はだいたい動画とか、画像とかだな」
「なんの」
鈍い、と声が聞こえた。
「エロビ」
「……」
理解するまでにしばらくかかる。理解してからも、声が出ない。ムサシは黙ったまま、眉間の皺を深くする。
「むこうのサイトからひっぱってきた無修正モノだ。良い値がつく」
さらり、とヒル魔は付け足したが、どう考えても違法行為。
ヒル魔が英語に堪能なことは知っている。コンピュータに詳しいことも知っている。だから、その気になればこの手のことは簡単にできるのはわかるのだが。
「……やばいことはするなと言ったぞ」
ムサシの声が、いつもより低かった。
気がついたヒル魔は、笑みを消す。
「俺が捌いてるワケじゃねぇよ。サイトも客も選んでる」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「そういう問題なんだよ。犯罪はバレなきゃ犯罪じゃねえ」
無茶苦茶言いやがる。
ムサシは今度こそはっきりとため息をつく。
「欲しがるヤツに供給する、だから成り立ってるんだ」
ヒル魔はそう言う。
ムサシはなおも口をへの字に曲げていたが、やがてあきらめたように、言った。
「あんまり深入りするなよ。それから、適当なところで切り上げとけ」
ムサシがいい顔をしないだろうことぐらい、ヒル魔はわかっていたはずである。それでも、こうしてあっさり打ち明けたのは、ヒル魔もどこかで共犯を望んでいたからではないか。
そう、思ってしまったからだ。
だとしたら、その自分に責められては、ヒル魔もいたたまれない。なにより……これに懲りて、今後何も自分に打ち明けなくなってしまうのが、怖かったから。
ヒル魔はぱっと顔を輝かせて、たりまえだろ、と返事をした。
たとえば、どこかのデータバンクに進入してデータを盗み、それを売りつける、とか、ソフトの違法コピーを売るなどということも、ヒル魔には可能なはず。だが、そういう方法を選ばなかったのは、ヒル魔なりに規範があってのことだろうと、ムサシは自分を納得させた。

ヒル魔はソファから立ち上がると、ムサシの隣へ並んだ。
すい、と手を伸ばして、並んだケースから一枚取り出す。
「これが一番人気。むこうの人気女優の代表作」
「……」
ムサシはまたもや眉根を寄せる。
ヒル魔は棚を覗き込んで言葉を続けている。
「元が元だからほとんど洋ピンだ。SMとか、スカトロとか……ん〜、珍しいのでは獣姦とか。獣姦はむこうじゃ結構あるんだが、日本じゃ人気ねぇな。あとロリとか、あ、アニメもあるぞ」
中学生の口からためらいもなくぽんぽん出てくる台詞ではない。
ムサシはなんだかめまいを覚えて、近くにあった椅子に腰掛けた。
「どうした?」
ヒル魔がケースをトランプのように広げながら聞いてくる。
「……お前はそれ、全部見たのか?」
ムサシにしてみれば他意のない質問だったのだが、ヒル魔は虚を突かれたように黙った。
「……ヒル魔?」
ヒル魔はちら、とムサシを見たが、すぐに視線をそらせた。
「そりゃ、見てねぇモンは売れねぇし……」
珍しく小さな声だった。
それで、なんとなくわかってしまった。というより、かえって安心した。
「お前も男だもんなあ」
ヒル魔の背に、ムサシは笑いかけた。
すると、見る間にヒル魔の耳がピンク色に染まる。
吹き出したくなる衝動をかろうじてこらえた。
あの悪魔でも赤面することがあるのか。それにしても、これだけの数のAVを見ていたらいい加減飽きてしまいそうだが。
ムサシがそう言うと、ヒル魔はやっと振り返った。
まだ顔がやや赤いが、見ないフリをしてやる。
つられてムサシまで顔に血が上ってきそうだったから。
「……まあ、飽きるっちゃ飽きるよな。でも、まあ……」
そう言いかけて、ヒル魔は視線をさまよわせる。その表情は変に幼くて、ムサシは視線がはずせなくなる。
「モノによるのか?」
低く言えば、口調にからかいを感じ取ったのか、かあっ、とまたヒル魔の顔が赤くなった。
ふと、いたずら心がわいた。
普段、人を人とも思わない悪魔の、思わぬ弱点だ。
「で、どれがオススメだ? お前がぐっときたヤツは」
そう言って再び腰を上げ、棚の前に並ぶ。
テメー、エロオヤジかよ、糞エロジジイ、とヒル魔の口から悪態が漏れた。
「いいじゃねぇか。さっきの一番人気か?」
「んだよ、急に乗り気になりやがって」
ヒル魔が顔をしかめるが、いつもの迫力はまったくない。
お前の反応が面白いからだ、などと言えば機銃掃射が待っているだろうから、ムサシは軽く微笑うだけ。
教えろよ、と重ねていえば、しばらくためらった後、ヒル魔の細い指がひとつを指した。
視線をあわせようとしないのがおかしい。
「へえ、これか。見てもいいか?」
ムサシがそれを取り出しながらいうと、ヒル魔は目を丸くした。
「だ……ダメだ」
「なんで。ああ、金づるだからか。んじゃしょうがねぇな」
俺に手が出る金額じゃねぇだろうし。
そう続ける。ヒル魔が反応した、という中身には興味はあるが、正直、金を払ってまで見たいとも思わない。
ほんの子供の頃から家業を手伝ってきたムサシは、金を稼ぐ大変さを身をもって知っていて、同年代の少年たちよりも金銭に厳しかった。
もっとも、ヒル魔には通用しない観念ではある。
「そんなんじゃ……」
視線をそらせたままのヒル魔がそうつぶやいた。
「ヒル魔?」
「テメーこそ、こういうの、興味あんのかよ」
ああ、そういえば、自分たちはよるとさわるとアメフトの話ばかりしている。こんな……言い方はヘンだが、年相応の会話も、した覚えはない。
「まあ、そりゃあ人並みにはな。こんな顔だが、中坊なんでな」
無精ひげの浮いた自分のあごをなぜながら、ムサシは笑った。その表情といい、態度といい、本人の言とは違ってまるで中学生らしからぬものではあったのだが。
ムサシは他人より欲求は薄いかもしれないが、皆無ではない。発達が遅いわけでもない。
どちらかと言えば、肉体的に一人前になるのは早かった。
ふい、とヒル魔が身を翻した。何をするのかと思えば、ドアの鍵をかけている。
「オイ、ヒル魔?」
棚のところへ戻ってくると、一枚ケースを抜き出し……それは、一番人気だ、とヒル魔が最初、得意げに紹介したCDだったが……TVとパソコンの電源をいれると、それを滑り込ませた。

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