『歩き続ける』−1


グラウンドのところどころに水溜りはできているが、コンクリートや植え込みあたりには、昨日の激しい雨の名残はほとんど見られない。
ムサシをはじめとする工務店の人間たちが資材を担いで部室の前まで行くと、ちょうど栗田が出てくるのに行き会った。
「おう、どうした」
作業準備にとりかかる者を横目で見ながら、ムサシは声をかける。
「あ、ムサシ。おはよ〜……でもないか」
栗田はいつもの人のよさそうな笑みで応えた。
「12時回ってるからな」
栗田は制服を着ている。昼休みもトレーニング……というワケではなさそうだ。
「僕は忘れ物取りに来たんだ」
そう言って、月刊アメフトを手に笑う。
「相変わらず熱心だな」
すると、ヒル魔には及ばないけどね、と返ってきた。
「? そうか?」
ヒル魔は確かに熱心だが、誰の目にも分かるところでの熱心さと、そうでないところでの熱心さとがある。どちらかといえば後者に重きを置くタイプである。
だが栗田は、だって、と続ける。
「夕べだって、ヒル魔ずいぶん遅くまで部室にいたみたい」
どきりとした。
とっさに表情に出なかったか、自信は無い。
「……どうして」
平静を装った声。栗田はいつものように、かすかに微笑を浮かべて答える。
「朝来たらね、床が濡れてて。雨の次の日も、いつもならたいてい乾いちゃうんだけどね。きっと傘さして出入りしたんだね」
部室に泊まることもあるヒル魔だから、それぐらいの行動は不思議ではないのだ。
途中でSONSONにでも行ったのかな。
栗田がのんびりとそう続けるのへ、内心ほっとしながら、ムサシはややぎこちなく頷き返した。
話題をそらそうと、無理に口を開く。
「……なあ、栗田」
「ん?」
「あ〜……。最近、オマエの側にくっついてる一年……なんつったか」
正直、さして興味があったわけでもないのだが。
ぱっ、と栗田の顔が明るくなった。
「小結大吉くん! ライン志望で入部したんだよ!」
「ああ……。小さいが、馬力はありそうだな」
あの小さい体でくるくると重い資材を運んでいた姿を思い出す。
「でしょ! ベンチプレス110キロ! スゴイよ〜。練習熱心だしね。今ずっと僕と一緒に登下校してるんだ」
「登下校?」
それがなぜ練習熱心と結びつくのか、わからない。
「あ、あのね。僕ら今、朝の2時から練習してるの」
「……2時は朝じゃないだろう」
きっと皆に言われているだろうが、ムサシも一応そう言ってみる。栗田は案の定、そうかもね、と簡単に流した。
「でね、2時じゃ電車動いてないでしょ? だから、僕の家から通ってるの」
栗田の家でもある寺が、泥門高校から徒歩で通える距離だった事を思い出した。
「……毎日か?」
やりすぎだろう、という思いを込めて問い返すと、栗田は何かを考えるように、うぅん、と宙を見る。
「毎日では、ないよ。土日は小結くん、家に帰るし……。あと、部活が朝遅く始まる時とか」
僕は練習したいんだけど、ヒル魔が強制的にね。
そう言って、栗田は笑った。
ヒル魔が正解だろう。土日だけでもどうかと思う。この体力馬鹿に付き合っている、その一年生が気の毒だ。
「……ヒル魔は、その一年のこと、なんて言ってる」
栗田は、嬉しそうに答える。
「意外と伸びるかもしれない、って。ヒル魔も期待してくれてるんだね。あ、そういえばヒル魔ね、小結君のこと、糞デブJrって呼ぶんだよ〜」
あはは、という笑い声。栗田は慣れているし、気にしないかもしれないが。
「それ、本人なんて思ってんだ」
もっとも、一年ごときがどう抗議しようと、やめるヒル魔ではない。呼びたいように呼ぶ。
だが意外にも、小結君は『嬉しい』って、と返ってきた。
「なんで」
そんな呼び方が嬉しいはずはないだろうに。
「あのね」
栗田は少し言いずらそうに口篭もる。
「小結君ね、僕の弟子になりたいんだって」
眉を八の字に下げて、頭をかく。
「ほお。そりゃ、良かったじゃねぇか」
ムサシが答えれば、苦笑気味に、それでも嬉しそうに、こくりと頷いた。
そうか、だから糞デブJr、か。
ヒル魔らしい……。
気遣い。やさしさ。とても回りくどくて、その上失礼で、到底そうは思えないが、それは確かに、それに類するもの。
アイツも、相変わらず……か。
しかし、ふと心にひっかかるものがあった。
ムサシは口を開きかけ、だがその唇からは少しの間、何も言葉がなかった。
「……なに? ムサシ?」
気付いた栗田が不思議そうな表情を浮かべる。
「いや。いや……頑張れよ、師匠」
口元に笑みをのせて、からかう口調で答えると、栗田はほっとしたように微笑い返し、じゃあね、と走り去っていった。
その大きな後姿を、しばらく見送る。
栗田に問いかけようとした言葉は、ムサシの内にとどまっていた。
登下校が一緒。学年が違うから授業は別だが、当然、部活も一緒。栗田を師匠と慕って、いつも共に居る。
それは……栗田には、良いことに違いない。チームにとっても、やる気のある部員の存在は、いいことだ。
だから、自分の心に浮かんだことは、おそらくくだらない感傷というものなのだろう。ヒル魔がもっとも嫌うたぐいの。
それでも、ムサシはその思いをぬぐうことができなかった。

じゃあ、栗田。……ヒル魔とは、いつ、話しているんだ?

ふたりっきりで話をしなければならないわけではない。だが、同じ目線のもの同士と、そうではない者とでは、おのずと話す内容が違ってくるはずだ。
ふたりっきりで話をする機会がないわけではないだろう。けれど、それは格段に減っているはず。
かつて、3人でクリスマスボウルを誓ったときのような空気は、今のデビルバッツには、もう無いのか……。
クリスマスボウルと将来が同義語だったあの頃とは、違う……。
部員が増えて、やるべきこともはっきりしていて。たとえば、今、TVの横に「絶対クリスマスボウル」などという書き込みをしようという人間は、いないだろう。
当然だ。時の流れというヤツだろう。それも、デビルバッツにとって、良い方向へ流れている、のに……。
それを淋しいと思うのは、自分だけ、か。
栗田は、いい。いつも側に可愛い一年がいる。
だが。


……なあ

栗田

ヒル魔は……?

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題名に「歩き続ける 1」とあるとおり、「2」もあります。「2」で終了予定で、実はもう書きあがってたりしますが、「え〜、これで終わり〜?」みたいな……; そんな感じです。
もうちょっとなんとかならないか、あとちょっとだけ考えさせてくださいな。なんともならなかったらスミマセン……m(_ _;)m そのまま載せます。
書いてるヤツは所詮その程度のヤツです……

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