連休の1日目。
外で昼飯でもどうだ、というムサシからの電話で呼び出されたヒル魔は、その言葉どおり駅前のファミレスで遅めのランチを一緒にとったのだが。
その後連れてこられた場所にかすかにとまどいの表情をみせた。
「ビジネスホテル? わざわざ取ったのか」
ヒル魔はかすかに眉を寄せてビルを見上げる。
駅前によくあるタイプのビジネスホテル。一泊朝食付き五千円未満は、ホテルとしては安いが、中学生のこずかいには大きな金額だ。
「しょうがねえだろう。男同士でラブホはムリだろ」
「……んだよ、ヤル気マンマンかよ」
ヒル魔は横目でムサシを見ると、にやりと口角を上げ、さすが糞エロジイイだな、と揶揄した。
ムサシとて、することはひとつなのだからラブホテルで一向にかまわない。だが、試した事はないが、やはり男同士は不可だろう。
まあ、仮に入ることができたとして。ヒル魔はきっと面白がってはしゃぐだろうから、ムードもへったくれもあったものではないだろうし、いい感じまでもっていくことができたとしても、ご休憩の時間内におさまるかどうか心配である。延長、延長でコマ切れになるぐらいなら、いっそビジネスホテルかシティホテルのほうがいい。
ムサシがカウンターでチェックインをしている間、ヒル魔は退屈そうに、ロビーのソファで組んだ脚をぶらぶらさせていた。
気を変えて「帰る」と言い出しかねないが、今のところは大丈夫そうだ。
ビジネスホテルに中学生は不釣合いだが、ヒル魔はその金髪とピアスのせいで年齢以上に見えたし、ムサシは言うに及ばずである。
ホテルマンの対応は丁寧で、相手が中学生だとはみじんも気付いていない。ムサシはこのときばかりは自分のフケ顔に感謝した。
カード式のキーをもらって、きびすを返すと、ヒル魔と視線がぶつかった。
ヒル魔はポケットに両手をつっこんだまま、歩み寄ってくる。
「まさかヤりにきたとは思わねーよな」
となりに並んで言うが、特に声を落としたりはしていない。ムサシは一気に汗がふき出すのを感じる。
「頼むから部屋に入るまで黙っててくれ」
低くうなるように言うと、ヒル魔はにやにやと笑った。
「え〜と。11階だな」
ムサシはカードの番号を見て、そうつぶやく。相槌はない。黙っていろ、と言ったから、黙っているのだろう。そういうあたり、ヒル魔はとても子供っぽい
エレベーターを降り、指定された部屋の鍵を開ける。
カードを差し込むと、室内に明かりがついた。
「! へぇ〜」
ヒル魔が感嘆を上げて、室内に駆け込んだ。
「角部屋か」
部屋の2方向が、すべて窓。部屋の中央に太い円柱がある。そのためだろう、普通のツインより部屋の間取りが広くとられていた。
「もうけた気分だな」
そう言いながら、ムサシは手にしていた紙袋をテーブルの上に置いた。
「なあ、さっきから気になってたんだが、それ、なんだ?」
ヒル魔が窓際で振り返って、紙袋を指差す。
「ん……使おうと思ってな。綿棒とか、指サックと……」
もういい! という叫びに、ムサシの言葉が途中で途切れた。
怒ったか、とヒル魔を見る。
ヒル魔は顔の下半分を掌で覆っていた。
眉根が、怒ったように、困ったように寄せられている。だが、その下の瞳はムサシを見ていない。
「……んな、万端に用意してんじゃねぇよ」
やがて、弱弱しくヒル魔が言った。
照れているだけだ、とわかって、ムサシの顔に笑みが浮かぶ。
「お前さっき言ってたじゃねぇか。ヤリに来たって。そのとおりだぞ?」
「……風呂入ってくる」
ヒル魔はそう言い捨て、ベッドの上に上着を放ると、バスルームへ姿を消した。
てか、喰ったばっかじゃねぇかよ、とごちる声がかすかに聞こえた。
ムサシは自分も上着を脱ぐと、ヒル魔の分といっしょにクローゼットへしまい、スリッパに履き替えた。
バスルームから聞こえる水音は気になるが、TVをつける。
ヒル魔との行為はもちろん何度も経験済みだが、今までずっと拒まれてきたことを、ぜひとも実行に移したくて、わざわざホテルをとった。
それがなんであるか、さっきならべた紙袋の中身からヒル魔も察したようだ。
ムサシがそれっぽい行為をしかけたり、口に出したりするたびに、やれ準備が必要だ、痛いのはイヤだとヒル魔は言う。それももっともだと思いはするので、今の今までムサシも無理強いはしなかったのだが。
やはり、性に対して人生でもっとも好奇心旺盛なこの時期に、いつまでも我慢しろというのが土台無理な話なのだ。
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、プルタブを押し上げる。
ポットはあるが、冷たいものが欲しかった。知らず、緊張していたようだ。冷えた液体が喉を滑り降りる感覚が心地よい。
ムサシはTVの前のイスに腰をおろした。
特にヒル魔に了承をとったわけではないが、さっきのやりとりを振り返る限り、拒否するつもりはないようだ。
やれやれ、良かった。
年齢に似つかわしくない溜息をひとつつき、背もたれに体重をのせると
「なに溜息ついてんだ、糞ジジイ」
と、声が聞こえた。
「おう」
驚いて見上げると、バスローブに身体を包んだヒル魔。
「なんだ、早いな」
うっかり、そう言う。とたん、ヒル魔は回れ右をした。
ムサシはあわてて立ち上がると、その肩をつかんで自分へ向き直らせる。
「すまん、すまん。お前がいいならいいんだ」
「……もいっかい洗ってくる」
常になく拗ねた口調で言うヒル魔が可愛くて、ムサシは思い切り抱きしめた。
「ほんとうは一緒に入りたいけどな」
腕の中でヒル魔の身体が硬直する。
「でも、さすがに狭いからな。もっと広い風呂のあるところに泊まったらな」
「……冗談だろ」
「いいや、大マジ」
きっぱり、と言い切ると、ヒル魔は脱力した。
そのまま、ヒル魔の耳に口付ける。
髪までは洗わなかったようで、いつものつんつんのスタイルのままだ。
だが、身体からはかすかに石鹸の香りがした。
匂いに敏感なヒル魔は、香料のきついものを嫌う。コロンの類は一切つけないし、整髪剤も例外ではない。
「さて。俺もひとっ風呂浴びてくるか」
このままずるずると行為に移ってしまいそうだったので、ムサシは思い切るように口に出して腕を解いた。
バスルームに入ると、まだ、もやがかかっている。
浴室には水滴が残っていて、必要以上に濡れてはいなかったが、それでもついさっきまでヒル魔が使っていたのだと思うと、自然、中心に熱が集まってくるようだった。
駄目だな、少し頭を冷やそう。そう思って、シャワーのコックをひねる。なにしろ、先は長いのだ。
いつもより丁寧に身体を洗い、タオルで簡単に水気を吸わせたあと、バスローブをはおり、浴室を後にした。
ヒル魔はベッドに腰掛けてTVを見ていたが、ムサシのほうを見るなり、爆笑した。
「ケケケケ。テメー、バスローブにあわねぇなあ、オイ!」
「そうか?」
そんなに笑わなくてもいいだろう、と目で訴えたが、聞く相手ではない。
「ぜんっぜん、似合わねぇよ。浴衣とかのが、ぜってー似合うな。あー、笑える」
そういうお前は、と言いかけて、ムサシは黙った。
バスローブの前が割れて、白い太ももが覗いている。だらしなく着ているせいで、首筋も胸元もあらわだ、
似合う。というより、必要以上に色っぽい。チラリズムとヒル魔は縁がないと思っていたが、これはこれでなかなかそそる。
「じろじろ見てんじゃねぇよ」
不機嫌な声が降ってきて、はっと我に返った。
「すまん、見とれた」
舌打ちとともに顔をそらせたヒル魔がひきよせたものを見て、ムサシは軽く眉をあげた。
「……ビール?」
「ああ。しらふじゃやってらんねぇだろ」
白い喉が、ビールを嚥下するにつれて動くのを見ながら、言う。
「分かるが、あんまり飲みすぎるなよ。酔いで感覚が鈍ったら、元も子も……」
その後の台詞は、いきなり抱きついてきたヒル魔の口に吸われた。
冷たい舌がムサシの唇を割る。と同時に、ビールが流し込まれた。
それを残らず飲み干して、ムサシは自分も舌をからめる。
せっかくのバスローブ姿をもう少し拝みたかったが、ヒル魔の手から缶をうばいとると、そのままベッドへ押し倒した。
頭を押さえ、むさぼるように口付ける。ヒル魔の舌が応える。
「まだ明るいうちから……。不健全だなぁ〜」
少し身体を離したすきに、ヒル魔がからかう。
「お前の口から聞く言葉じゃねぇな」
わざとしかめっ面で答えると、ヒル魔はやけに嬉しそうに笑った。