「腹、へらねーか?」
背後から突然かかった声に、缶ビールをちびりちびりとやってたムサシは、ぅお、と小さく声を上げた。
眠っているとばかり思っていた。
「ナーニ、びびってんだ。糞ジジイ。似合わねーぞ」
振り返ると、ベッドに手足を伸ばしたまま、ヒル魔が視線だけこちらへ向けている。先刻とびちったものは、ムサシが手際よく始末していた。
「起きたのか」
「……どれくらい寝てた?」
問われて、机の上の時計に目を走らせる。
「30分てとこだ」
いいながらリモコンをとりあげ、TVをつけた。ニュースキャスターが画面に現れる。この時間帯はどのチャンネルも、だいたいニュース番組だろう。
「なあ、腹へらねぇ?」
ヒル魔が繰り返した。
いわゆる痩せの大食いで、ヒル魔は見かけに寄らずよく食べる。
「そういや減ったな」と、応える。ヒル魔ほど運動していないが、小腹が空いた感じだ。
「ビジネスホテルでルームサービスはねぇだろうなぁ……」
さすがに外に出るのはおっくうなのか、ヒル魔はダメもと、という感じでサイドテーブルの館内案内に手を伸ばす。
「あー、これでいーか」
やがて、そうつぶやいた。
ムサシも側によって、開かれているページを見る。自動販売機、という文字が見えた。
「つまみの自販機か。高えだろうが、コンビニまで行く気分じゃねーしな。しょうがねぇ、買ってくるか」
ムサシが腰をあげると、驚いたことにヒル魔もベッドから立ち上がっていた。
「お前は寝てろよ。適当に買ってくるから」
ヒル魔はなぜか、ムッ、と眉根を寄せたが、んじゃ行ってこい、と偉そうに言いつけた。
俺はシャワー浴びてくる。
そう言うと、バスルームへ入っていった。
ムサシは手早く服を身につけ、水音の向こうへ「チャイム鳴らすから開けてくれよ」と声をかけて、廊下へすべり出た。
鍵をかけずに出ることも考えたが、ヒル魔の格好を考えると、自分ではない誰かの目に触れる、万万が一の可能性も残したくなかった。もっとも、ヒル魔本人にそんなことを言えば、天上から下界を見下ろすほど馬鹿に仕切った目つきで
「ヤローの裸見ておもしろがるヤツが、そんじょそこらにウヨウヨいるのか?」
とでも言い返されるのがオチだろう。
だから、ヒル魔自身に自覚をうながすのはとっくに諦めている。
いったい、何人の人間が泊まっているのか知らないが、廊下は随分静かだった。完全に防音になっているのだろう。そう思うと、少しホッとする。
自動販売機の前まで行くと、くたびれた背広姿の先客がいた。
先客はコップ酒とつまみを買うと、ムサシに目礼してコーナーから出て行った。
ひとりで買いに来てよかった……。
小銭を放り込みながら、内心で安堵の息をつく。
これで隣にヒル魔がいたら、どんな顔をしていいか分からない。もちろん、男二人を見てすぐ「ソレ」と疑うほど、日本では男同士の関係はメジャーではない。それはわかっているが、ムサシとしては気恥ずかしい。
それに、ヒル魔がなにを口走るか、これまた分かったものではない。危ないことが大好きな男なのだから。
両手につまみを抱えて部屋へ戻る。
チャイムをならずと、ヒル魔はちゃんと開けてくれた。
ふと、違和感を感じてヒル魔を見つめなおすと、頭を洗ったらしく、いつもツンツンに立てている髪がヘタっていた。バスローブをはおり、首にはタオル。
もの珍しさに負けてムサシがしげしげとヒル魔を見ていると、そのタオルが飛んできた。
「いつまでそれ抱えてんだ! さっさと寄越せ、ハラ減ってんだよ!」
「ああ、悪い……」
ベッドの上にばらまくと、ヒル魔の指がポテチをつまみあげた。
髪を下ろしているヒル魔を見るのは初めてだった。
前髪で眉が隠れ気味のせいか、頬や首筋を縁取るように垂らされた濡れ髪のせいか、ずいぶん幼く見える。
いや、幼くというよりは……う〜ん……人間ぽく見える、か?
ミもフタもないことを考えたムサシだが、本人にその自覚はない。
「ナッツにさきいか、ポテチに柿の種……まあ、こんなもんだろうな」
ポテチをほおばりながら、ヒル魔が感想をもらす。
「一応、全種類買ってきたんだが」
ムサシも別のポテチを一袋取り上げる。とはいえ、所詮酒のツマミなので、袋そのものが小さい。
あっという間に平らげた。
「なんか、ごまかしたってカンジだよな〜」
ヒル魔は続いてナッツの袋に手をかける。
「おい、ヒル魔。俺にも少し分けろ」
遠慮する間柄ではないから、そう主張しなければ、すべてヒル魔の腹におさまってしまう。
すると、ヒル魔は口へ運びかけていた手をぴたりと止め、ムサシに視線を流すとニヤリと口角を上げた。
「……なんだよ」
思わず身構えるムサシに、ヒル魔はその表情のまま、じりじりと寄ってくる。
「ハイ、アーン」
「……」
目の前で、カシューナッツをつまんだ長い指が、ひらひらと揺れている。
「どーした? いらねーのか?」
「お前なぁ……」
「なんだよ」
「可愛いマネしてくれるよなぁ」
ヒル魔は余裕あり気に笑っていたが、ムサシの言葉を聞いたとたん、身体をひるがえした。
そうはさせじ、とムサシがヒル魔の手首をつかむほうが、一瞬早かった。
とんがった髪型でない分、余計に可愛い。ヒル魔はそれを計算に入れてなかったに違いない。
「ちっ、ツマンネー」
そう吐き捨てて、睨みあげてくる。それへ、にやりと微笑い返して、ムサシはつかんだ手首をさらに引き寄せた。
「俺は、さっきもイッてないんだ。我慢なんかきかねーぞ?」
「知るか……っ」
ヒル魔の言葉が途中で途切れた。
ナッツごと、ヒル魔の指先がムサシの口内へ消える。
分厚い舌が指を這い、指の股をくすぐった。
「……」
ムサシの行動がよほど思いがけなかったのか、ヒル魔はただそれを目で追っているだけだ。
見開かれた目。平静を装ってはいるが、虹彩の小さな瞳が揺れている。
「なあ。もうひとつくれよ、ヒル魔」
「っ、勝手に食えばいいだろ」
そう言いながらも、もう一方の手に袋をつかんだままだ。別に食い意地からそうしているわけではなく、それをムサシへ叩きつけることも思いつかないほど、内心では動揺しているということだ。
そんなに俺のほうから誘うのが珍しいか……?
ムサシは心の中で、少々反省する。
それにしても、濡れ髪で手首を捕まれている姿はヤケに新鮮で、それだけにムサシをあおった。
なごりを惜しむようにもう一度ヒル魔の指に舌をからめてから、手をのばしてナッツの袋を取り上げた。それをサイドテーブルに置き、押し倒す。
「……さっきと同じじゃねーか」
「ハハ、そういやそうだ」
さっきはビール缶を取り上げて押し倒したのだった。
口付けながら手探りでリモコンをつかみ、TVの電源を落とす。
「塩味」
唇を離すと、ヒル魔がポツリとそう言った。
「あ? ああ。キスの味な。そういや初めてのキスは無糖ガムの味だったな」
「……ミントだろ」
「そうか、あれはミントか」
オヤジ、と小さく罵ってから、ヒル魔はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「そう悪くねーんじゃねーの? ミント味のキス。今も塩味ぐらいでよかったなあ? ヘタしたら、ほたて味のキスとか、さきいか味のキスとか、柿の」
「ああああ。もういい」
苦々しげにムサシがつぶやくと、ヒル魔はふいに身体を起こした。
傍らのリモコンを取り上げ、せっかくムサシが消したTVを、またつける。
「?」
ぱっ、と画面が切り替わる。
飛び込んできた画像と、スピーカーから流れてきた声に、ムサシは身体を固くした。
裸の男女がからみあっている。そして、女の高い喘ぎ声。
「おい、ヒル魔。お前、コレ……」
「有料チャンネルってやつだ。さっき金入れといた」
ムサシがつまみを買いに出ている間だろう。
「気分が盛り上がってイイだろ?」
「……つか、最初のときを思い出すな」
ヒル魔はそれには応えず、ムサシの首に腕を回してきた。手にはリモコンを握ったまま。
口付けの間に、だんだん音量が大きくなる。
「おい、ヒル魔……あんまり大きいと」
いくら防音とはいえ、下の部屋には音が聞こえるのではないか。
「……バーカ」
まじめな、しかしどことなくふてくされたような表情で至近距離から言い放たれた。
あ、そうか。
やっと、気付いた。
われながら鈍い。ヒル魔は、自分の声を消したかったのだ。
ムサシは黙ったまま、ヒル魔の唇をついばんだ。
しばらくそうしていると、リモコンが落ちる音がした。ヒル魔の指が、ムサシの髪をかき分けてくる。
「ん……ムサシ……」
突き出される尖った舌先に、おのれの舌をからめながら、手で紙袋を探す。
「まだ、それやんのか?」
ヒル魔が薄く目を開けてそう言った。
「ああ、これが目的だからな」
そう応えれば、相手の目が細くなる。が、すぐにあきらめたように閉じられた。
ムサシはヒル魔の身体を抱えあげると、TVのほうへ向き直らせた。自分はその背後に座る。
不審そうに振り返ったヒル魔へ「そのままTV見てろ」とだけ言う。
ヒル魔は眉根を寄せたまま、とりあえず前を向いた。
TVからは、あいかわらず嬌声が流れている。
いつも商売でやっていることだから、見ながら興奮することはないのかもしれない、とムサシは思ったが、そっと横からヒル魔の顔をうかがうと、ちゃんと視線はTV画面に向けられていた。
胸の突起をいじりながら、片手でローションを開ける。白い液体を掌で受けると、ヒル魔の前でやや立ち上がっているものに、塗りつけた。
「……!」
一瞬、ヒル魔の背中が伸び上がる。その肩へ、なだめるように唇を落とす。
手を動かしていると、ヒル魔の息が荒くなってきた。目は、あいかわらず映像を見ている。
ブラウン管の中では、男が速い動きで腰を使っていた。クライマックスが近いようだ。
女優の声が、切れ切れに、余裕のないものになっている。どこまでが演技かなど、経験のないムサシにはわからないし、正直、どうでもよかった。
それを聞きながら、ムサシはゆっくりと丁寧に愛撫する。
先端にも、太い指でローションを塗りこめるようにする。ローションと、先端からにじみ出た液体を混ぜ合わせるように、なんども円を描いた。
「……っ」
ヒル魔は声を出さなかったが、かわりのように、TVから高い叫びが聞こえた。
再び、固く芯を持ったのを感じて、ムサシは手を離した。
太ももに手をかけて持ち上げるようにすると、ヒル魔は自ら腰をあげた。それは、けして快楽を求めてのことではなく、ムサシに協力しようという気持ちからだというのは、分かっている。
ムサシはかすかに目を細めて微笑うと、指サックをはめた指を、狭い後ろの谷間に伸ばした。
ヒル魔さんの髪はオフィシャルでは濡れても立っていることになっているようですが、それでは萌えないので、自分設定でヘタれることにしました。
「はい、あーん」はヒルまもでもやったな。するほうとされるほうが逆ですが。我ながらバリエーション少な……; さて、いよいよ佳境へ。